・・・が、緑雨自身は『油地獄』を褒めるような批評家さまだからカタキシお話しにならぬといって、『かくれんぼ』や『門三味線』を得意がっていた。『門三味線』は全く油汗を搾って苦辛した真に彫心鏤骨の名文章であった。けれども苦辛というは修辞一点張であったゆ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、「緞子か繻珍?――そりゃア華族様の事ッた、」と頗る不平な顔をして取合わなかった。丁度同じ頃、その頃流行った黒無地のセルに三紋を平縫いにした単羽織を能く着ていたので、「大分渋いものを拵えたネ、」と褒めると、「この位なものは知ってるサ、」と・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・だいいち、褒めるより、けなす方が易しいのでんで、文章からして「真相をあばく」の方が、いくらか下品にしろ、妙味があった。話の序でだから、この一部をそこへ挿むことにしよう。 ――もともと出鱈目と駄法螺をもって、信条としている彼の言ゆえ、信ず・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・商売に身をいれるといっても、客が来なければ仕様がないといった顔で、店番をするときも稽古本をひらいて、ぼそぼそうなる、その声がいかにも情けなく、上達したと褒めるのもなんとなく気が引けるくらいであった。毎月食い込んで行ったので、再びヤトナに出る・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・誉めていいから誉めるのではないか。と父親は煙草を払く。それだっても、他人ではありませぬか。と思いありげなる娘の顔。うむ、分った。綱雄を贔負せぬのが気に入らぬというのか。なるほどそれは御もっともの次第だ。いやもう綱雄は見上げた男さ。お前のいう・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・そして、相手の正直なことを褒める印に、そのまま解放してやりました。 二 しかし、ディオニシアスについて伝えられているお話の中で、一ばん人を感動させるのは、怖らくピシアスとデイモンとのお話でしょう。 この二人は・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・けれども私は、矢鱈におかずを褒めるのだ。おいしい、と言うのだ。家の者は、淋しそうに笑っている。「つくだ煮。わるくないね。海老のつくだ煮じゃないか。よく手にはいったね。」「しなびてしまって。」家の者には自信が無い。「しなびてしまっ・・・ 太宰治 「新郎」
・・・そんなものを褒める奴があるか。」 どうも勝手が違う。けれども私は、あくまでも「茶道読本」で教えられた正しい作法を守ろうと思った。 釜の拝見の次には床の間の拝見である。私たちは六畳間の床の間の前に集って掛軸を眺めた。相変らずの佐藤一斎・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・誰にしてもひとくちで母の印象を語ることは出来にくいのだろう。褒めるというのもわざとらしいし、ましてそういう場合、ああされたことは今も忘られないとは云えないし、普通のひとの心持では一寸云うべき言葉がないのだろうとも推察された。 母は、晩年・・・ 宮本百合子 「母」
・・・とって工合わるかった。更に彼等は、ゴーリキイを「生えぬきだ!」「まったくの民衆の子だ!」と褒める。これもゴーリキイの気を重く、また考えぶかくさせた。ナロードニキである学生達は民衆を叡智と精神美と善良との化身、「すべての美なるもの、正義あるも・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫