・・・ 中腰になって部屋の角へ、外套だの、ネルの襟巻だのをポンポン落してから、長火鉢の方へよって来た栄蔵はいつもよりは明るい調子で物を云った。「まだ何ともきまらん。 けど、奥はんが大層同情して、けっとどうぞしてやるさかいに又明日来・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・昼間の私娼窟の人気ない軒合いを、立派な毛皮の長襟巻を膝の下まで重げに垂れ、さながら渡御の姿で両手を前に品よく重ねた子女史が、自分の正面に向けられたカメラだけを意識してしずしず草履を運んでやって来る。そこがカチリと印画になって納められているの・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・大きい一彰という人が白縮緬の兵児帯に白羽二重の襟巻なんかして、母のところを訪ねて来たのを覚えている。この伯父は、母に向ってもやっと膝に手をおいたままうなずくだけであった。そのひとの子が家をつぐことになっていたのがやはりごたついて、流転生活の・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ 私は余りいい心持がせずに襟巻を顎の下にひきつけ、そこにかけているのであった。もう一ヵ月以上も〔二十九字伏字〕。そのことを、今日になってやっと知ったのである。 主人は、〔九字伏字〕ならないもんですからと、口のまわりの大きい皺をうごか・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・わたしたちは、キツネの襟巻がほしいだの、五千円のおもちゃを買いたいなどと思ってもいない。年のくれに新聞は何と報道していただろう。銀座その他には数千円の贅沢品があふれていて、飛ぶように売れているが、生活必需品の購買力はガタ落ちだと、はっきりい・・・ 宮本百合子 「ほうき一本」
・・・「――……いい塩梅に風が落ちた……」襟巻をきゅっと引きつけ志津は街燈のついた往来へ出て行った。 四 明るい冬の日光が窓からさし込んで室内に流れた。土曜日だ。もう往来で遊んでいる子供の声が、彼等の二階まで聞え・・・ 宮本百合子 「街」
・・・鼻まで襟巻でくるんだ男が無遠慮にそこから内を覗きそうにした。「いやだよ、この人ったら」 男のトンビの陰にかくれるようにして、顔は見えず派手なメリンス羽織の背が目に止った。私にはその羽織に見覚えがある! 今日昼間、町の四辻に、活動写真・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・外套、帽子、襟巻、風呂敷包み、袋、傘、ステッキ。普通携帯品といわれる観念で、それらの品々をあずけた人が、そこから入った柵のところで警官に体をしらべて貰って、困った表情でいるのを見ると、眼鏡のケースを片手に握って当惑しているのであった。へえ、・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・ 油井は玄関へ出て、外套や襟巻をつけた。お清が外套をきせかけてやる。みのえは、柱によりかかり、油井の一挙一動を見守った。彼が、真白い襟巻をきっちり頸につけて巻いた時、みのえは小さい声で、「似合うのね、それ」と感に入ったように囁い・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・赤襟巻の夕刊売子がカラーなしの鳥打帽をつかまえて云っている。 ――ペニー足りねえよ! ――うむ……ねえんだ。 ――持ってるって云ってやしねえ。だが、俺にゃペニー不足におっつけて手前あくるみ食ってやがる。ペッ! 白手袋の巡査が・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫