・・・局面回復の要はないか。最早志士の必要はないか。飛んでもないことである。五十歳前、徳川三百年の封建社会をただ一簸りに推流して日本を打って一丸とした世界の大潮流は、倦まず息まず澎湃として流れている。それは人類が一にならんとする傾向である。四海同・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 三吉があわてて電灯の灯の方へ顔をむけると、気のいい人の要慎なさで、白粉の匂いと一緒に顔をくっつけながら、「あなたは、それでいいんですか?」 といった。三吉はくらい方をむいたままうなずいた。すっかり夜になって、草すだれなどつるし・・・ 徳永直 「白い道」
・・・『通鑑』も『要』の方がいいのだろう。」「これでも一晩位あそべるだろう。」 路傍にしゃがんで休みながらこんな話をした。その頃われわれが漢籍の種別とその価格とについて少しく知る所のあったのは、わたしと倶に支那語を学んでいた島田のおかげで・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・その結果としていらぬところまでのさばり出て、要もない課目を打ちのめさねばやまぬていの勇気があるから迷惑なのである。 これらの人は自己の主張を守るの点において志士である。主張を貫かんとするの点において勇士である。主張の長所を認むるの点にお・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・日本におったとき歴史や小説で御目にかかるだけでいっこう要領を得なかったものが一々明瞭になるのははなはだ嬉しい。しかし嬉しいのは一時の事で今ではまるで忘れてしまったからやはり同じ事だ。ただなお記憶に残っているのが甲冑である。その中でも実に立派・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・女子の気品を高尚にして名を穢すことなからしめんとならば、何は扨置き父母の行儀を正くして朝夕子供に好き手本を示すこと第一の肝要なる可し。又結婚に父母の命と媒酌とにあらざれば叶わずと言う。是れも至極尤なり。民法親族編第七百七十一条に、子・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・曙覧が古典を究め学問に耽りしことは別に説くを要せず。貧苦の中にありて「机に千文八百文堆く載せ」たりという一事はこれを証して余りあるべし。その敬神尊王の主義を現したる歌の中に高山彦九郎正之大御門そのかたむきて橋上に頂根突け・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・見ると、イ警第三二五六号 聴取の要有之本日午後三時本警察署人事係まで出頭致され度し一九二七年六月廿九日第十八等官レオーノ・キュースト殿とあったのです。 ああ、あのデストゥパーゴのことだな、これはおもしろい・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 短い月日の間に、はげしく推移する情勢に応じて書かれた一九三三年ごろの諸評論には、いそいで刻下に必要な階級文化のための土台ごしらえを堅めようとする著者のたたかいの気迫がみなぎっている。そのたたかいの気迫、抵抗の猛勇な精神は、その情勢の中・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・そうしてみると、これらの三つの点だけでも、応永時代は延喜時代よりも重要だと言わなくてはなるまい。 もっとも、この三つの点以外であげられている名人は、我々にはちょっと歯の立たない連中である。詩人では南禅寺の惟肖和尚が、二、三百年このかた、・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫