・・・彼等三人は電燈の下に、はずまない会話を続けながら、ややもすると云い合せたように、その声へ耳を傾けている彼等自身を見出すのだった。「いけないねえ。ああ始終苦しくっちゃ、――」 叔母は火箸を握ったまま、ぼんやりどこかへ眼を据えていた。・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・牽牛織女はあの中に見出す事は出来ません。あそこに歌われた恋人同士は飽くまでも彦星と棚機津女とです。彼等の枕に響いたのは、ちょうどこの国の川のように、清い天の川の瀬音でした。支那の黄河や揚子江に似た、銀河の浪音ではなかったのです。しかし私は歌・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・醜聞さえ起し得ない俗人たちはあらゆる名士の醜聞の中に彼等の怯懦を弁解する好個の武器を見出すのである。同時に又実際には存しない彼等の優越を樹立する、好個の台石を見出すのである。「わたしは白蓮女史ほど美人ではない。しかし白蓮女史よりも貞淑である・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ しかし、さういふ不愉快な町中でも、一寸した硝子窓の光とか、建物の軒蛇腹の影とかに、美しい感じを見出すことが、まあ、僕などはこんなところにも都会らしい美しさを感じなければ外に安住するところはない。 広重の情趣 尤も、今の東京・・・ 芥川竜之介 「東京に生れて」
・・・実際同じ会場に懸かっている大小さまざまな画の中で、この一枚に拮抗し得るほど力強い画は、どこにも見出す事が出来なかったのである。「大へんに感心していますね。」 こう云う言と共に肩を叩かれた私は、あたかも何かが心から振い落されたような気・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・……私は其処に新しい詩材を見出すことが出来るように覚えて観察を怠るまいと思った。 此時始めてこの二軒長屋の一軒が、戸を開けてあるのを見て驚いた。もう此家は疾に起きていると思われたからだ。私は其の時からこの家にはどういう人々が住んでいるだ・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・そしてそれによって、その時代をうかがう事が出来ても、それらの詩には、それ以外の目的を見出すことが出来ない。それは何んの為かというに、それらの人々が、その時代に安住しておったからである。もっと適切に言ったなら、安住の世界を、その時代の生活は、・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・この意味に於て平和への途は、強権を否定して、他の真理に道を見出すことである。所有することに於て、幸福を見出すものと、無欲に帰することによって、幸福の本質を異にするからだ。 いかなる場合にも、自からを偽ることなく、朗らかな気持になって、勇・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・よく、こうした例は、屡々青年時代にあったことで、丸善の店頭などで、日頃名をきいている欧米の作家や、批判家の最新の著書を見出すと、これを読めば、明日からでも、自分の見識が変るような気がして、それでなくてさえ、何をか常に追うている時代であったら・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・「自分を見出す」などという言い方は、たぶん講義録で少しは横文字をかじった影響でしょうが、その講義録にしたところで、最初の三月分だけ無我夢中で読んだだけ、あとはもう金も払いこまず、したがって送ってもこなかった。が、私はえらくなろうという野心―・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫