・・・ 彼は往来で医者の看板に気をつける自分を見出すようになった。新聞の広告をなにげなく読む自分を見出すようになった。それはこれまでの彼が一度も意識してした事のないことであった。美しいものを見る、そして愉快になる。ふと心のなかに喜ばないものが・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・心の休み場所――とは感じないまでも何か心の休まっている瞬間をそこに見出すことがあった。以前自分はよく野原などでこんな気持を経験したことがある。それはごくほのかな気持ではあったが、風に吹かれている草などを見つめているうちに、いつか自分の裡にも・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・倫理学はこの道徳盲を克服して、あらゆる人と時と処とにおいて不易なる道徳的真理そのもの、ジットリヒカイトを見出すことを任務とする。 かかる普遍的に妥当なる道徳的真理が存在するか否かがすでに根本的な問題である。たとえば唯物史観的な倫理学は一・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・他人の書物についてナハデンケンする習慣にむしばまれていない独立的な、生気溌剌とした学者や、思想家を見出すことはそう容易ではない。 これは学生時代から書物に対する態度をあまりに依属的たらしめず、自己の生と、目と、要請とを抱きつつ、書を読む・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・殊に、明治に於ける文学運動のなかでも歴史的に最も意義のある自然主義運動の選ばれた代表者、国木田独歩、田山花袋についてそれを見出すことが出来る。勿論、自然主義文学運動は、ブルジョア生産関係の反映として、「在るがまゝに現実を描き出すこと」「科学・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・せんことを望みつつ著述に従事したところの式亭三馬の、その写実的の筆に酔客の馬鹿げた一痴態として上って居るのを見ても分ることで、そしてまた今日といえども実際私どもの目撃して居る人物中に、磯九郎如きものを見出すことの難くないことに徴しても明らか・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
一 官吏、教師、商人としての兆民先生は、必ずしも企及すべからざる者ではない。議員、新聞記者としての兆民先生も、亦世間其匹を見出すことも出来るであろう。唯り文士としての兆民先生其人に至っては、実に明治当代の最も偉大なるものと言わね・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・憂鬱の影も卑屈の皺も、私は一つも見出す事が出来ませんでした。伸びて行く活力だけです。若い女のひとたちも、手に旗を持って労働歌を歌い、私は胸が一ぱいになり、涙が出ました。ああ、日本が戦争に負けて、よかったのだと思いました。生れてはじめて、真の・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 電車で逢った背広服の老子のどの言葉を国定教科書の中に入れていけないといういわれを見出すことが出来なかった。日本魂を腐蝕する毒素の代りにそれを現代に活かす霊液でも、捜せばこの智恵の泉の底から湧き出すかもしれない。 電車で逢った老子は・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ ついでながら、人間のする大概の所業は動物界にもその原型を見出すことが出来るが、ただ「煙」をこしらえてそれを吸うという芸当だけは全く人間だけに限るようである。それでこの最も人間的な人間固有の享楽と慰安に資料を供給する専売局の仕事はこ・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
出典:青空文庫