・・・「いえ、あなた様さえ一度お見舞い下されば、あとはもうどうなりましても、さらさら心残りはございません。その上はただ清水寺の観世音菩薩の御冥護にお縋り申すばかりでございます。」 観世音菩薩! この言葉はたちまち神父の顔に腹立たしい色を漲・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・………「お見舞下さいますか? いかがでございましょう?」 女はこう云う言葉の間も、じっと神父を見守っている。その眼には憐みを乞う色もなければ、気づかわしさに堪えぬけはいもない。ただほとんど頑なに近い静かさを示しているばかりである。・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・お前たちの母上は程なくK海岸にささやかな貸別荘を借りて住む事になり、私たちは近所の旅館に宿を取って、そこから見舞いに通った。一時は病勢が非常に衰えたように見えた。お前たちと母上と私とは海岸の砂丘に行って日向ぼっこをして楽しく二三時間を過ごす・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・襠の色は変えねばならず、茶は切れる、時計は留る、小間物屋は朝から来る、朋輩は落籍のがある、内証では小児が死ぬ、書記の内へ水がつく、幇間がはな会をやる、相撲が近所で興行する、それ目録だわ、つかいものだ、見舞だと、つきあいの雑用を取るだけでも、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 不沙汰見舞に来ていたろう。この婆は、よそへ嫁附いて今は産んだ忰にかかっているはず。忰というのも、煙管、簪、同じ事を業とする。 が、この婆娘は虫が好かぬ。何為か、その上、幼い記憶に怨恨があるような心持が、一目見ると直ぐにむらむらと起・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 家浮沈の問題たる前途の考えも、措き難い目前の仕事に逐われてはそのままになる。見舞の手紙見舞の人、一々応答するのも一仕事である。水の家にも一日に数回見廻ることもある。夜は疲労して座に堪えなくなる。朝起きては、身の内の各部に疼痛倦怠を覚え・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・殊に軽焼という名が病を軽く済ますという縁喜から喜ばれて、何時からとなく疱瘡痲疹の病人の間食や見舞物は軽焼に限られるようになった。随ってこの病気が流行れば流行るほど、恐れられれば恐れられるほど軽焼は益々繁昌した。軽焼の売れ行は疱瘡痲疹の流行と・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 見舞人は続々来た。受附の店員は代る/″\に頭を下げていた。丁度印刷が出来て来た答礼の葉書の上書きを五人の店員が精々と書いていた。其間に広告屋が来る。呉服屋が来る。家具屋が来る。瓦斯会社が来る。交換局が来る。保険会社が来る。麦酒の箱が積・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・「いや、お光さん、写真も写真だが、今日は実は病気見舞いに来たんだから、まずちょいと新さんに会いてえものだが……」と何やら風呂敷包みを出して、「こりゃうまくはなさそうだけれど、消化がいいてえから、病人に上げて見てくんな」「まあ、何だか・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいった・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫