・・・それきり顔を見せなくなったが、応召したのか一年ばかりたって中支から突然暑中見舞の葉書が来たことがある。…… そんな不義理をしていたのだが、しかし寒そうに顫えている横堀の哀れな復員姿を見ると、腹を立てる前に感覚的な同情が先立って、中へ入れ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 十八日、浮腫はいよいよひどく、悪寒がたびたび見舞います。そして其の息苦しさは益々目立って来ました。この日から酸素吸入をさせました。そして、彼が度々「何か利尿剤を呑む必要がありましょう、民間薬でもよろしいから調べて下さい」と言いますので・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ そんなある日吉田は大阪でラジオ屋の店を開いている末の弟の見舞いをうけた。 その弟のいる家というのはその何か月か前まで吉田や吉田の母や弟やの一緒に住んでいた家であった。そしてそれはその五六年も前吉田の父がその学校へ行かない吉田の末の・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 豊吉二十のころの知人みな四十五十の中老になって、子供もあれば、中には孫もある、その人々が続々と見舞にくる、ことに女の人、昔美しかった乙女の今はお婆さんの連中が、また続々と見舞に来る。 人々は驚いた、豊吉のあまりに老いぼれたのに。人・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・お清は日の暮になってもお源の姿が見えないので心配して御気慊取りと風邪見舞とを兼ねてお源を訪ねた。内が余り寂然しておるので「お源さん、お源さん」と呼んでみた。返事がないので可恐々々ながら障子戸を開けるとお源は炭俵を脚継にしたらしく土間の真中の・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ こう熊吉は言って、姉の見舞に提げて来たという菓子折をそこへ取出した。「静かなところじゃ有りませんか。」 とまた弟は姉のために見立てた養生園がさも自分でも気に入ったように言って見せた。「どれ、何の土産をくれるか、一つ拝見せず・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ それを聞いて熊吉は起ちあがった。見舞いに来る親戚も、親戚も、きっと話の終りには看護婦に逢って行くことを持出して、何時の間にか姿を隠すように帰って行くのが、おげんに取っては可笑しくもあり心細くもあった。この熊吉が養生園の応接間の方から引・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・しかし、女房が見舞いに行けば、私は子供のお守りをしていなければならぬ。「だから、ひとを雇って、……」 言いかけて、私は、よした。女房の身内のひとの事に少しでも、ふれると、ひどく二人の気持がややこしくなる。 生きるという事は、たい・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・このごろ、ときどき雑誌社の人や、新聞社の人が、私の様子を見舞いに来る。私の家は三鷹の奥の、ずっと奥の、畑の中に在るのであるが、ほとんど一日がかりで私の陋屋を捜しまわり、やあ、ずいぶん遠いのですね、と汗を拭きながら訪ねて来る。私は不流行の、無・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ちょうど二学期の試験のすぐ前であったが、忙しい中から同郷の友達等が入り代り見舞に来てくれ、みんな足しない身銭を切って菓子だの果物だのと持って来ては、医員に叱られるような大きな声で愉快な話をして慰めてくれた。あの時の事を今から考えてみると、あ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
出典:青空文庫