・・・私は、その翌年の春、大学を卒業する筈になっていたのだが、試験には一つも出席せず、卒業論文も提出せず、てんで卒業の見込みの無い事が、田舎の長兄に見破られ、神田の、兄の定宿に呼びつけられて、それこそ目の玉が飛び出る程に激しく叱られていたのである・・・ 太宰治 「一燈」
・・・今晩か、でなければ、あした、とにかく、はっきり見込みがついたのですから、もうご心配なさらないで」「おや、まあ、それはどうも」 と言って、おかみさんは、ちょっとうれしそうな顔をしましたが、それでも何か腑に落ちないような不安な影がその顔・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。死んだって惜しくはない。そう思ったら私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。悪魔に魅こまれたのかも知れませぬ。そのとき以来、あの人を、いっそ私の手で殺してあげようと思いました。いず・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・瀬川先生ほどの人物に、見込みのある男と思われては、かえって大いに窮屈でかなわないのではあるまいか。私は、どうせ、駄目な男と思われているのだから、先生に対して少しも気取る必要は無い。かえって私は、勝手気ままに振舞えるのである。その日、私は久し・・・ 太宰治 「佳日」
・・・人相が悪い、という事も、しきりに言っていました。見込みがないというのです。けれども私は、あなたのところへ行く事に、きめていました。ひとつき、すねて、とうとう私が勝ちました。但馬さんとも相談して、私は、ほとんど身一つで、あなたのところへ参りま・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・聯想は聯想を生んで、その身のいたずらに青年時代を浪費してしまったことや、恋人で娶った細君の老いてしまったことや、子供の多いことや、自分の生活の荒涼としていることや、時勢におくれて将来に発達の見込みのないことや、いろいろなことが乱れた糸のよう・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ しからば有色映画は全然見込みのないものであるかというと、そうは断言できない。もしも将来天才的監督によって適当なる色彩的モンタージュの方法が案出され、明暗を殺さずにそれを生かすような色彩を駆使して、これを音響と対位的に編成することができ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・と名づける道具で現わすことが困難であると同様にこの映画の律動的和声的要素の長所を文字の羅列で置き換えようとすることは、始めから見込みのないことでなければならない。 音楽における律動的要素の由来は、学問的に言えばなかなかむつかしい問題であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・幸いなことには、映画という新しいメジウムの世界には前人未到の領域がまだいくらでも取り残されている見込みがある。そうした処女地を探険するのが今の映画製作者のねらいどころであり、いわば懸賞の対象でなければならない。それでたとえばアメリカ映画にお・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・映画フィルムも現在のままの物質では長い時間を持ち越す見込みがないように思われるから、やはり結局は完全に風化に堪えうる無機物質ばかりでできあがった原板に転写した上で適当な場所に保存するほかはないであろう。たとえば熔融石英のフィルムの面に還元さ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫