・・・陸の方に近い氷の上に立っているおおぜいの人々は、ただ、それを見送るばかりで、どうすることもできませんでした。 たがいにわけのわからぬことをいって、まごまごしているばかりです。そのうちに、三人を乗せた氷は、灰色にかすんだ沖の方へ、ぐんぐん・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・いろいろ窮状を談して執念く頼んでみたが、旅の者ではあり、なおさら身元の引受人がなくてはときっぱり断られて、手代や小僧がジロジロ訝しそうに見送る冷たい衆目の中を、私は赤い顔をして出た。もう一軒頼んでみたが、やっぱり同じことであった。いったいこ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・配当のある確実な複式で買うという小心な堅実主義の男が、走るのは畜生だし、乗るのは他人だし、本命といっても自分のままになるものか、もう競馬はやめたと予想表は尻に敷いて芝生にちょんぼりと坐り、残りの競走は見送る肚を決めたのに、競走場へ現れた馬の・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・××港から船に乗り込む前の二時間ばかり、××町の東三〇〇米の地点で休憩するから面会に来てくれというSの頼みをまつ迄もなく、私はSを見送る喜びに燃えた。 その前夜から、雨まじりのひどい颶風であった。面会の時間はかなりの早朝だったから、原稿・・・ 織田作之助 「面会」
・・・とお正も吃驚して見送る。「如何して又、こんな処で会ったろう。彼女も必定僕と気が着いたに違いない。お正さん僕は明日朝出発ますよ。」「まア如何して?」「若し彼女が大東館にでも宿泊っていたら、僕と白昼出会わすかも知れない、僕は見るのも・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・そして百舌鳥の飛び立ってゆくあとを茫然と見送るさまは、すこぶる妙で、この子供には空を自由に飛ぶ鳥がよほど不思議らしく思われました。 四 さて私もこの哀れな子のためにはずいぶん骨を折ってみましたが、目に見えるほどの・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・それでもおしかは十月の初めに清三が健康を恢復して上京するのを見送ると、自分が助かったような思いでほっとした。もう来年の三月まで待てばいいのである。負債も何も清三が仕末をしてくれる。…… 為吉が六十で、おしかは五十四だった。両人は多年の労・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ しかし、熊吉は姉の養生園行を見合せないのみか、その翌日の午後には自分でも先ず姉を見送る支度をして、それからおげんのところへ来た。熊吉は姉の前に手をついて御辞儀した。それほどにして勧めた。おげんはもう嘆息してしまって、肉親の弟が入れとい・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ やがて新七も母を見送る支度をはじめた。お力は人のいない食堂の方にお三輪の席をつくって、出掛ける前の彼女のために、髪を直したり撫でつけたりしてやった。お三輪はもう隠居らしく髪を切っていて、半分男に帰ったようでもあった。「小伝馬町の富・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・始めにヒロインとその保護者がこの行列を見送る場面ではヒロインと観客は静止していて行列はその向こう側を横に通過する。次にこの行列の帰還を迎える場面でも行列はやはりわれわれ観客の前を横に通過するのであるが、ここでは前と反対にヒロインがその行列の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫