・・・が、世間の人は、酒が飲めるということを、しあわせの規準にしているのか、「好きなものを、いやという程飲んだから、思い残しはないだろう」 と、いうような慰め方をしていた。 棺桶の中にも酒をつめた瓢箪が入れられた。「この酒も入れて・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 八 最後の立場――運命的恋愛 しかしこうした希望はすべて運命という不可知な、厳かなものを抜きにして、人間的規準をもって、きわめて一般的な常識的な、立言をしているにすぎないのである。 最も厳かな世界では一切の規準・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・美と叡智とを規準にした新しい倫理を創るのだ。美しいもの、怜悧なるものは、すべて正しい。醜と愚鈍とは死刑である。そうして立ちあがったところで、さて、私には何が出来た。殺人、放火、強姦、身をふるわせてそれらへあこがれても、何ひとつできなかった。・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・の夫婦のように、深く相愛して愛におぼれず、堅く相信じて信に甘えないというのは、アメリカ人の目にはよほど珍しく目新しい一大発見として映ずるかもしれないが、日本人には実は少しも珍しくもなんともない、むしろ規準的な夫婦関係のスタンダードであったの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・はある意味では確かにうそをつくことであるが、しかしまたよく考えてみると、これは具体的個別から抽象され一般化された規準的事実の記述だと解釈されないこともない。 物理学の初歩の教科書を見ると、地球重力による物体落下の加速度は毎秒毎秒九・八メ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・その結果として得られた規準に従って作られた家は耐震的であると同時にまた耐風的であるということは、今度の大阪における木造小学校建築物被害の調査からも実証された。すなわち、昭和四年三月以後に建てられた小学校は皆この規準に従って建てられたものであ・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・んだ人は、誰でもあの詩歌の世界で、実にすなおに率直に男女の心持が流露されているのを知っているが、あのなかには沢山の可愛い女、美しい女、あでやかな女を恋い讚えた表現があるけれども、一つも女らしい女という規準で讚美されている女の例はない。これは・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ジャーナリストたちは、規準のわからない発禁つづきに閉口して、内務省の係の人に執筆を希望しない作家、評論家の名をあげさせた。その結果十人足らずの氏名があげられたということであった。「ある回想から」という私の文章のなかで割合くわしくふれてい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ モラトリアムの決定によって、五人家族を標準に、五百円生活をしろということに規準が置かれたのですが、この五人家族というのは、なぜこんなふうに標準をたてたかと申しますと、日本の一軒の家の子供の統計は、年々殖えておりますが、多いところもある・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・まじめに文化・文学の運動にしたがい、創作もして行こうとしている人々は、民主主義文化・文学運動の内をかき乱している不安、無規準、得たいのしれない政治性に影響されて、自分たちの活動の基準をどこにおいたら、たたかれないで育つことができるのかを思い・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫