・・・ 老人は微笑を浮べながら、親切そうに返事をした。「まあ、御一緒に歩きましょう。私はあなたとしばらくの間、御話しするために出て来たのです。」 オルガンティノは十字を切った。が、老人はその印に、少しも恐怖を示さなかった。「私は悪・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・人夫たちも親切に世話してくれた。そして板きれでポチのまわりに囲いをしてくれた。冬だから、寒いから、毛がぬれているとずいぶん寒いだろうと思った。 医者が来て薬をぬったり飲ませたりしてからは、人足たちもおかあさんも行ってしまった。弟も寒いか・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・「――その話の人たちを見ようと思う、翁、里人の深切に、すきな柳を欄干さきへ植えてたもったは嬉しいが、町の桂井館は葉のしげりで隠れて見えぬ。――広前の、そちらへ、参ろう。」 はらりと、やや蓮葉に白脛のこぼるるさえ、道きよめの雪の影を散・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・人事僅かに至らぬところあるが為に、幾百千の人が、一通りならぬ苦しみをすることを思うと、かくのごとき実務的の仕事に、ただ形ばかりの仕事をして、平気な人の不親切を嘆息せぬ訳にゆかないのである。 自分は三か所の水口を検して家に帰った。水は三か・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・実に親切な人だ。親身になって世話をしてくれる。私はお世話になったが、お世話を甘受しなかった事もあるから、事に由ると世話甲斐のない男だと思われてるかも知れぬがシカシ心中では常にお世話になった事を感謝しておる。故二葉亭に関する坪内君の厚情は実に・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・「あなたは御親切な方です。いくらあなた達が、寒く冷たくても私は、ここに我慢をして待っていますから、どうか、この海の上を駆けめぐりなさる時に、私の子供が、親を探して泣いていたら、どうか私に知らせて下さい。私はどんなところであろうと、氷の山・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・「尿毒性であると、よほどこれは危険で……お上さん、私は気安めを言うのはかえって不深切と思うから、本当のことを言って上げるが、もし尿毒性に違いないとすると、まずむずかしいものと思わねばなりませんぞ!」「…………」「とにかく、ほかの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・階を借りて、一人さびしく暮してきたという女でしたから、頼まれもせぬのに八尾の田舎まで私を迎えに来てくれたのも、またうまの合わぬ浜子に煙たがられるのも承知で何かと円団治の家の世話を焼きに来るのも、ただの親切だけでなく、自分ではそれと気づかぬ何・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・子もなく夫にも死に別れたその女にはどことなく諦らめた静けさがあって、そんな関係が生じたあとでも別に前と変わらない冷淡さもしくは親切さで彼を遇していた。生島には自分の愛情のなさを彼女に偽る必要など少しもなかった。彼が「小母さん」を呼んで寝床を・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・本をおろして一構えの店を出したき心願、少し偏屈な男ゆえかかる場合に相談相手とするほどの友だちもなく、打ちまけて置座会議に上して見るほどの気軽の天稟にもあらず、いろいろ独りで考えた末が日ごろ何かに付けて親切に言うてくれるお絹お常にだけ明かして・・・ 国木田独歩 「置土産」
出典:青空文庫