・・・それに正月は来よるし、……ひとつお前さんからもう一遍、親方に頼んでみておくれんか。」 杜氏はいや/\ながら主人のところへ行ってみた。主人の云い分は前と同じことだった。「やっぱり仕様がないわい。」杜氏は帰って来て云った。「その代り・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ジメ/\した田の上に家を建てゝ、そいつを貸したり、荷馬車屋の親方のようなことをやったり、製材所をこしらえたりやっていた。はじめのうちは金が、──地方の慾ばり屋がどんどん送ってよこすので──豊富で給料も十八円ずつくれたが、そのうち十七円にさげ・・・ 黒島伝治 「自伝」
・・・杜氏は人のいゝ笑いを浮べて、「親方は別に説明してやることはいらんと怒りよったが、なんでも、地子のことでごた/\しとるらしいぜ。」「どういう具合になっとるんです?」 健二は顔を前に突き出した。――今年は不作だったので地子を負けて貰おう・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・だが、彼等を待っているのは、頭をはねる親方が、稼ぎを捲き上げてしまう、工場の指定宿だった。うまいところがない。転々とする。持って行った一枚の着物まで叩き売ってしまう。そして再び帰って来た。 そういう者が、毎年二人や三人はあった。井村も流・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・けれども、案外にも、どこか一つ大きく抜けているところがあると見えて、掏摸の親方になれなかったばかりか、いやもう、みっともない失敗の連続で、以後十数年間、泣いたりわめいたり、きざに唸るやら呻くやら大変な騒ぎでありました。 それ、ごらん。そ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・若い親方はプログラムを畳む。見物は思い思いに散って行った。散った跡の河岸に誰かが焚きすてた焚火の灰がわずかに燻って、ゆるやかな南の風に靡いていた。 いちばん大きな筒から打上げる花火は、いちばん面白いものでなければならない、という理窟はど・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・だれかそこに来るはずの人――それはたぶん親方か何かがまだ来ていないのを待ち遠しがってうわさをしているらしかった。そばに「絵をかいている男」などはまるで問題にならないらしいほど熱心に話し合っていた。 そのうちに荷馬車の音がしておおぜいの人・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・の頻繁であったころは鍬の柄をかつぎ回ったりまたいわゆる仕込み杖という物騒なステッキを持ち歩くことが流行して、ついには子供用のおもちゃの仕込み杖さえできていたくらいである。西洋でも映画「三文オペラ」の親方マッキ・メッサーがやはり仕込み杖を持っ・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・ その頃、幾年となく、黒衣の帯に金槌をさし、オペラ館の舞台に背景の飾附をしていた年の頃は五十前後の親方がいた。眼の細い、身丈の低くからぬ、丈夫そうな爺さんであった。浅草という土地がら、大道具という職業がらには似もつかず、物事が手荒でなく・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・軍人か土方の親方ならばそれでも差支はなかろうが、いやしくも美と調和を口にする画家文士にして、かくの如き粗暴なる生活をなしつつ、毫も己れの芸術的良心に恥る事なきは、実にや怪しともまた怪しき限りである。さればこれらの心なき芸術家によりて新に興さ・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫