かんぜかせつ【観世華雪】
[1884〜1959]能楽師。シテ方観世流。東京の生まれ。本名、織雄 (おりお) 。分家の5世銕之丞 (てつのじょう) (号、紅雪)の子で、6世を襲名。のち華雪と改名。義兄梅若万三郎らと梅若流を創立したが、のちに復帰。
かんぜきよつぐ【観世清次】
⇒観阿弥 (かんあみ)
かんぜこより【観世紙縒り】
「観世縒 (かんぜよ) り」に同じ。
かんぜざ【観世座】
大和猿楽四座の一。もと結崎座 (ゆうざきざ) 。明治以降は観世流という。
かんぜさこん【観世左近】
能楽のシテ方観世流宗家の代々の名。7世元忠より24世元滋 (もとしげ) までのうち、10人が名のる。特に元滋は、その容貌 (ようぼう) ・美声で人気を博し、明治・大正・昭和の同流隆盛をもたらした。
かんぜだゆう【観世大夫】
能楽で、シテ方観世流の家元。幕末までは観世座の長。
かんぜてつのじょう【観世銕之丞】
能楽のシテ方観世流宗家の分家の芸名。14世宗家清親 (きよちか) の次男、織部清尚に始まる。代々名手が輩出、5世(紅雪)・6世(華雪)は近代の名人。
かんぜながとし【観世長俊】
[1488〜1541]室町後期の能役者・能作者。信光の子。通称、弥次郎。作「輪蔵 (りんぞう) 」「正尊」など。
かんぜのぶみつ【観世信光】
[1435〜1516]室町中期の能役者・能作者。通称、小次郎。音阿弥の子。幼い大夫の後見役として若手を育成、自らワキ役となり、ワキ師の祖といわれる。また、大鼓 (おおつづみ) の名手。作「安宅 (あたか) 」「紅葉狩」「船弁慶」など。
かんぜひさお【観世寿夫】
[1925〜1978]能楽師。シテ方観世流。東京の生まれ。7世観世銕之丞の長男。戦後能楽界の旗手的存在として活躍。能楽研究や演劇運動も行った。