・・・第一の盗人 森の外へ出さえすれば「黄金の角笛」という宿屋があります。では御大事にいらっしゃい。王子 そうか。ではさようなら。第三の盗人 うまい商売をしたな。おれはあの長靴が、こんな靴になろうとは思わなかった。見ろ。止め金には金剛・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・ 遠くで角笛の音がする。やがて犬の吠声、駒の蹄の音が聞えて、それがだんだんに近付いて来る。汀の草の中から鳥が飛び立って樹立の闇へ消えて行く。 猟の群が現われる。赤い服、白い袴、黒い長靴の騎手の姿が樹の間を縫うて嵐のように通り過ぎる。・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・車掌が豆腐屋のような角笛を吹いていたように思うが、それはガタ馬車の記憶が混同しているのかもしれない。実際はベルであったかもしれない。しかし角笛であったような気がするというわけはこの馬車の記憶に結びついて離れることのできない妙な連想があるから・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・希望の精霊は、大気とともに顫う真珠の角笛を吹く……」 けれども、そう書き終るか終らないうちに、苦痛の第一がやって来た。彼女は、幸福に優しく抱擁される代りに、恐ろしく冷やかに刺々しい不調和と面接し、永い永い道連れとならなければならなかった・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・しかし、今、此宵の月に角笛は響かず。キーツは憧憬の眼を月に向けた。 キーツが何と言おうともこの「自我」なき「山の人」は憐れむべき者である。霊活の詩人が山の奥に山の人の衣を着る時、山の人は「人」として第一義に活動する。すべてを超越した山の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫