・・・と弱々しい声を出して訴えることもある。そういうときはきまって夜で、どこから来るともしれない不安が吉田の弱り切った神経を堪らなくするのであった。 吉田はこれまで一度もそんな経験をしたことがなかったので、そんなときは第一にその不安の原因に思・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・拾ったとか、失ったとか、落したとかいう事は多数の児童を集めていることゆえ常に有り勝で怪むに足ないのが、今突然この訴えに接して、自分はドキリ胸にこたえた。「貴所が気をつけんから落したのだ、待ておいで、今岩崎を呼ぶから」と言ったのは全然これ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ これに対してはクロポトキンの『青年への訴え』を読めと勧めるだけでつきている。学生諸君はむしろ好運に選ばれたる青年であり、その故に生命とヒューマニティーと、理想社会について想い、夢見、たたかいに準備する義務があるのである。 さて私はかよ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・たとい孤独や、呪詛や、非難的の文字の書に対するときにも、これらの著者がこれを公にした以上は、共存者への「訴えの心」が潜在していることを洞察して、ゼネラスな態度で、その意をくみとろうと努むべきである。 人間は宿命的に利己的であると説くショ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・と眼は訴えていた。「俺は生きられるだけ生きたいんだ! 朝鮮人だって、生きる権利は持っている筈だ!」そう云っているように見えた。 兵卒は、水を打ったようにシンとなって、老人の両側に立った。彼等の眼は悉く将校の軍刀の柄に向けられた。 軍・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ さま/″\の溜息、呻き、訴える声、堪え難いしかめッ面などが、うつしこまれたように、一瞬に、病室に瀰漫した。血なまぐさい軍服や、襦袢は、そこら中に放り出された。担架にのせられたまゝ床の上に放っておかれた、大腿骨の折れた上等兵は、間歇的に・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・さ、いッくらでも殴ぐれ、今お前えらば訴えてやるからッて怒鳴ってやった。んでも、何んぼしても面会ば許さないんだ。それから裁判所へ廻ってから面会させてもらったら、その時はホウ帯ば外していたがどうしたんだと訊いたら、看守の方ば見て、耳が悪かったん・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ と早々石川様から御家来をもちまして、書面に認め、此の段町奉行所へ訴えました。正直の首に神宿るとの譬で、七兵衞は図らず泥の中から一枚の黄金を獲ましたというお目出度いお話でございます。・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・中にはそういう物乞いに慣れ、逆に社会の不合理を訴え、やる瀬のない憤りを残して置いて行くような人々も少なくない。私は自分に都合のできるだけの金をそういう人々の前に置き、「まっこと困ったら、来たまえ。」 と、よく言い添えた。そして、それ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ 翌る日、厩頭は王さまのところへ行って、ウイリイのことを訴えました。どんな灯をつけるのかそれはわかりませんが、とにかくその灯でこんな画を画いておりましたと言って、取って来た画をお目にかけました。王さまは、すぐにウイリイをお呼びになって、・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫