・・・ 女の心を、いたずらに試みるものではありませんね。僕は、あの笠井氏から、あまりにも口汚く罵倒せられ、さすがに口惜しく、その鬱憤が恋人のほうに向き、その翌日、おかみが僕の社におどおど訪ねて来たのを冷たくあしらい、前夜の屈辱を洗いざらい、少・・・ 太宰治 「女類」
・・・ひとがひとの能力を試みるなんてことは、君、容易ならぬ無礼だからね」「そうです」「と言ってみただけのことさ。つまりは頭がわるいのだよ。僕はよくここにこうして坐りこみながら眼のまえをぞろぞろと歩いて通る人の流れを眺めているのだが、はじめ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・近頃の言葉で云えばドライヴを試みることである。 自動車で田舎へ遊山に出かけるというようなことは非常な金持のすることで吾々風情の夢にも考えてはならない奢りの極みであるような気が何となしにしていた。二十年前にはたしかにそうであったにちがいな・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 今ここでこの事情なるものの分析を試みるべき筋ではないが、ともかくも、たとえばリンドバークがもし現在の日本に生まれていたら彼は決して飛行家になっていないであろうと同様に、スタンバーグ、クレール、エイゼンシュテインが日本に生まれていたので・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・然無頓着に、その事実の奥底に徹底するまでこれを突き止めようとすると同様に、少なくも純真なる芸術が一つの新しい観察創見に出会うた場合には、その実用的の価値などには顧慮する事なしに、その深刻なる描写表現を試みるであろう。古来多くの科学者がこのた・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・そこでわれわれはいろいろの仮想的実験を試みる。たとえばある一人の虚無的な思想をもった大学生に高利貸しの老婆を殺させる。そうして、これにかれんな町の女や、探偵やいろいろの選まれた因子を作用させる。そうして主人公の大学生が、これに対していかに反・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そこで自然と、物には専門家と素人の差別が生ずるのだと、珍々先生は自己の廃頽趣味に絶対の芸術的価値と威信とを附与して、聊か得意の感をなし、荒みきった生涯の、せめてもの慰藉にしようと試みるのであったが、しかし何となくその身の行末空恐しく、ああ人・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・そのすべては娘のかたづいた先の夫の不身持ちから起こったのだといえばそれまでであるが、父母だって、娘の亭主を、業務上必要のつきあいから追い出してまで、娘の権利と幸福を庇護しようと試みるほどさばけない人たちではなかった。三 実を・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・すなわち自我からして道徳律を割り出そうと試みるようになっている。これが現代日本の大勢だとすればロマンチックの道徳換言すれば我が利益のすべてを犠牲に供して他のために行動せねば不徳義であると主張するようなアルトルイスチック一方の見解はどうしても・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 船長、機関長、を初めとして、水夫長、火夫長、から、便所掃除人、石炭運び、に至るまで、彼女はその最後の活動を試みるためには、外の船と同様にそれ等の役者を、必要とするのであった。 金持の淫乱な婆さんが、特に勝れて強壮な若い男を必要とす・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫