・・・ 月、星を左右の幕に、祭壇を背にして、詩経、史記、二十一史、十三経注疏なんど本箱がずらりと並んだ、手習机を前に、ずしりと一杯に、座蒲団に坐って、蔽のかかった火桶を引寄せ、顔を見て、ふとった頬でニタニタと笑いながら、長閑に煙草を吸ったあと・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・即ち月曜日には孟子、火曜日には詩経、水曜日には大学、木曜日には文章規範、金曜日には何、土曜日には何というようになって居るので、易いものは学力の低い人達の為、むずかしいものは学力の発達して居るもののためという理窟なのです。それで順番に各自が宛・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・このたびわが塾に於いて詩経の講義がはじまるのであるが、この教科書は坊間の書肆より求むれば二十二円である。けれども黄村先生は書生たちの経済力を考慮し直接に支那へ注文して下さることと相成った。実費十五円八十銭である。この機を逃がすならば少しの損・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・論より証拠、先ず試みに『詩経』を繙いても、『唐詩選』、『三体詩』を開いても、わが俳句にある如き雨漏りの天井、破れ障子、人馬鳥獣の糞、便所、台所などに、純芸術的な興味を托した作品は容易に見出されない。希臘羅馬以降泰西の文学は如何ほど熾であった・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・――彼らが朝夕その偶像の前に合掌する時、あるいは偶像の前を回りながら讃頌の詩経を誦する時、彼らの感激は一般の参詣者よりもさらに一層深かったに相違ない。 私はこの種の僧侶のうち、特に天分の豊かであった少数のものが、単に「受くる者」「味わう・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫