・・・こんな平凡な景色の記憶がこんなに鮮明に残っているには、何かわけがあったに相違ないが、そのわけはもう詮索する手づるがなくなってしまっている。 中学時代に友人二三人と小舟をこいで浦戸湾内を遊び回ったある日のことである。昼食時に桂浜へ上がって・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・其婬心の深浅厚薄は姑く擱き、婬乱の実を逞うする者は男子に多きか女子に多きか、詮索に及ばずして明白なり。男女同様婬乱なれば離縁せらるゝとあれば、男子として離縁の宣告を被る者は女子に比較して大多数なる可し。然るに本書には特に女子の婬乱を以て離縁・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一、維新の頃より今日に至るまで、諸藩の有様は現に今人の目撃するところにして、これを記すはほとんど無益なるに似たれども、光陰矢のごとく、今より五十年を過ぎ、顧て明治前後日本の藩情如何を詮索せんと欲するも、茫乎としてこれを求るに難きものある・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・家を移すに豆腐屋と酒屋の遠近をば念を入れて吟味し、あるいは近来の流行にて空気の良否など少しく詮索する様子なれども、肺に呼吸する空気を論ずるを知りて、子供の心に呼吸する風俗の空気を論ずる者あるを聞かず。世の中には宗旨を信心して未来を祈る者あり・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ あるいはいわく、倫理教科書は道徳の新主義をつくりたるに非ず、東西先哲の論旨を述べてその要を示したるまでのものなれば、その何人の手になり、また何の辺より出でたる云々の詮索は、無益の論なりとの説もあらんなれども、鄙見をもってすれば決して然・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・就中彼らは耶蘇教の人なるが故に、己れの宗旨に同じからざる者を見れば、千百の吟味詮索は差置き、一概にこれを外教人と称して、何となく嫌悪の情を含み、これがために双方の交情を妨ぐること多きは、誠に残念なる次第にして、我輩は常にその弁明に怠らず。日・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ どんな若いひとたちにしろ、ただ友達の兄さん弟というだけのつき合いを一々母たちの詮索風な、また婿選び的鑑識の対象にされることは、うるさくて堪え難かろう。どんな息子にしろ、格別の感情を抱いてもいない妹の友達たち一人一人をやがての嫁選びのよ・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・いろいろとそういうような詮索が感じられて来て、読者は、これらの菊池寛のテーマ小説が、人間性に率直明白に立ちつつ、それらのテーマの本質は封建世界に向ってうちかけられている疑問であるが故に生新であるが、その基本は近代常識の極めて小市民風な実際性・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・従来の文学青年的な純文学、神経質、非実行的、詮索ずきな作家気質をすてて、非常時日本の前線に活躍する官吏、軍人、実業家たちの生活が描かれなければならず、それ等の人々に愛読されるに足る小説が生れなければならないとする論である。「大人」という言葉・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・仰向いて暗い天井を見ながら、見たばかりの夢の材料を一々詮索しておかしく思った。 家の普請や白木の目立った種は昨夕、エッチの処で或る人が豪奢な建築をし白木ばかりで木目の美を見せる一室を特に拵えたと云う話を聞いた。それに違いない。海岸は、矢・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
出典:青空文庫