・・・』と問い詰るのでございます。そこで恵印はわざと悠々と、もう朝日の光がさし始めた池の方を指さしまして、『愚僧の申す事が疑わしければ、あの采女柳の前にある高札を読まれたがよろしゅうござろう。』と、見下すように答えました。これにはさすがに片意地な・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 父は箸を取り上げる前に、監督をまともに見てこう詰るように言った。「あまり古くなりましたんでついこの間……」「費用は事務費で仕払ったのか……俺しのほうの支払いになっているのか」「事務費のほうに計上しましたが……」「矢部に・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ という中にも、随分気の確な女、むずかしく謂えば意志が強いという質で、泣かないが蒼くなる風だったそうだから、辛抱はするようなものの、手元が詰るに従うて謂うまじき無心の一つもいうようになると、さあ鰌は遁る、鰻は辷る、お玉杓子は吃驚する。・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・と引っこ抜いて不精に出て行く。 待つことしばらくして、盆で突き出したやつを見ると、丼がたった一つ。腹の空いた悲しさに、姐さん二ぜんと頼んだのだが。と詰るように言うと、へい、二ぜん分、装り込んでございますで。いや、相わかりました。どうぞお・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・万一この手廻しがのうてみさっしゃい、団子噛るにも、蕎麦を食うにも、以来、欣弥さんの嫁御の事で胸が詰る。しかる処へ、奥方連のお乗込みは、これは学問修業より、槍先の功名、と称えて可い、とこう云うてな。この間に、おりく茶を運ぶ、がぶりとの・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・盤のどのあたりで王が詰まるかと考える。考えるというよりも、最後の詰み上った時の図型がまず直感的に泛び、そこから元へ戻って行くのである。そして最初の王手を考えるのだが、落ちが泛んでから書き出しの文章を考えるという新吉のやり方がやはりこれだった・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚に行過ぎようとした。「オイオイ!」 ……果して来た! 彼の耳がガアンと鳴った。・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 彼は何気ない風して言ったが、呼吸も詰るような気がされた。「なるほど俺もああかな、……なるほど俺と似ているわい」 彼はそこそこに屋根に下りて、書斎に引っこんでしまった。 青い顔して、人目を避けて、引っこんでいる耕吉の生活は、村の・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そういう質の智慧のある人であるから、今ここにおいて行詰まるような意気地無しではなかった。先輩として助言した。「君、なるほど火の芸術は厄介だ。しかしここに道はある。どうです、鵞鳥だからむずかしいので。蟾蜍と改題してはどんなものでしょう。昔・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・「あたりめえよ、狂人にでもならなくって詰るもんか。アハハハハ、銭が無い時あ狂人が洒落てらあナ。「お銭が有ったらエ。「フン、有情漢よ、オイ悪かあ無かったろう。「いやだネ知らないよ。「コン畜生め、惚れやがった癖に、フフフフフ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
出典:青空文庫