・・・逝去二年後に発表のこと、と書き認められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二カ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりするのである。次男は、二十四歳。これは、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ガラス窓の半分が破れていて、星がきらきらと大空にきらめいているのが認められた。右の一隅には、何かごたごた置かれてあった。 時間の経っていくのなどはもうかれにはわからなくなった。軍医が来てくれればいいと思ったが、それを続けて考える暇はなか・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・一体被告の申立ては法廷を嘲弄しているものと認めます」と、裁判官達は云った。 おれは死刑を宣告せられた。それから法廷を侮辱した科によって、同時に罰金二十マルクに処せられた。「被告の所有者たる襟は没収する限りでないから、一応被告に下げ渡・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ アインシュタインの仕事の偉大なものであり、彼の頭脳が飛び離れてえらいという事は早くから一部の学者の間には認められていた。しかし一般世間に持て囃されるようになったのは昨今の事である。遠い恒星の光が太陽の近くを通過する際に、それが重力の場・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そして母の生家を継ぐのが適当と認められていた私は、どうかすると、兄の後を継ぐべき運命をもっているような暗示を、兄から与えられていた。もちろん私自身はそれらのことに深い考慮を費やす必要を感じなかった。私は私であればそれでいいと思っていた。私の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・竹構の中は殊更に、吹込む雪の上を無惨に飛散るの羽ばかりが、一点二点、真赤な血の滴りさえ認められた。「御前、訳ア御わせん。雪の上に足痕がついて居やす。足痕をつけて行きゃア、篠田の森ア、直ぐと突止めまさあ。去年中から、へーえ、お庭の崖に居た・・・ 永井荷風 「狐」
・・・太十は動くものを認めた。彼の怒は彼の全心を掩うた。彼は後の方からそっと蚊帳を出た。尚前方を注視しつつ草履を穿くだけの余裕が其時彼の心に存在した。彼は蓆を押して外へ出た。棍棒が彼の足に触れた。彼はすぐにそれを手にした。そうしていきなり盗人に迫・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・社会の制裁が弛んだというかも知れませんが一方からいいましたならば、事実にそういう欠点のあり得る事を二元的に認めて、これに寛容的の態度を示したのであります。畢竟無理がなくなり、概念の束縛がなくなり、事実が現われたのであります。昔スパルタの教育・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・かかる原因として我々は神の存在を認めねばならないという。しかし斯く考える時、自己はそれ自身によってある実在ではない。それ自身によってある実在は、神のみでなければならない。それとともに我々の自己の独立性は失われて、我々の自覚は消されてしまわな・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ 見返ッた吉里は始めて善吉を認めて、「おや、善さんでしたか」「閉めたらいいだろう。吉里さん、風を引くよ。顔の色が真青だよ」「あの汽車はどこへ行くんでしょうね」「今の汽車かね。青森まで行かなきゃ、仙台で止るんだろう」「仙台・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫