・・・今わたくしがこれに倣って、死後に葬式も墓碣もいらないと言ったなら、生前自ら誇って学者となしていたと、誤解せられるかも知れない。それ故わたくしは先哲の異例に倣うとは言わない。唯死んでも葬式と墓とは無用だと言っておこう。 自動車の使用が盛に・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・同じ暗黒な平面に取り残されて、ただ一の木村博士のみが、今日まで学者間に維持せられた比較的位地を飛び離れて、衆目の前に独り偉大に見えるようになったのは少なくとも道義的の不公平を敢てして、一般の社会に妙な誤解を与うる好意的な悪結果である。 ・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・ よく誤解される事がありますので、そんな事があっては済みませんから、ちょっと注意を申述べて置きます。教育といえばおもに学校教育であるように思われますが、今私の教育というのは社会教育及家庭教育までも含んだものであります。 また私のここ・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・ 私は全っ切り誤解していたんだ。そして私は何と云う恥知らずだったろう。 私はビール箱の衝立の向うへ行った。そこに彼女は以前のようにして臥ていた。 今は彼女の体の上には浴衣がかけてあった。彼女は眠ってるのだろう。眼を閉じていた。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ひっきょう、その本は、たがいに近づくべからざるの有様をもって、強いて相近づかんとし、たがいにその有様を誤解して、かえってますます遠隔敵視の禍を増すものというべし。 今世間の喋々を聞けば、一方の説にいわく、人民無智無法なるがゆえに政府これ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・後世の歌人といえども、誠を詠め、ありのままを写せ、と空論はすれどその作るところのかえっていつわりのたくみを脱するあたわざるは誠、ありのまま、の意義を誤解せるによる。西行のごときは幾多の新材料を容れたるところあるいはこの意義を解する者に似たれ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・「それは誤解です、誤解です。あの子どもは、わたくしは知りません。」「いったいそんならあなたは、なぜこんなところへかくれたのですか。」 デストゥパーゴはまっ青になりました。「イーハトーヴォの警察ではファゼーロといっしょにあなた・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・では、宗教学校の偽善的な教育にあき足りない激しい性質のジャックの苦悩と、彼に対する周囲の誤解のみにくさが描かれている。「一九一四年夏」は、一昨年「チボー家の人々」第八巻として幾年ぶりかで出版された。翻訳権の問題がきまれば、つづけて終りまで本・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・それは誤解である。しかしさすが男親だけにお母あ様よりは、切実に少くもこっちの心理状態の一面を解していてくれるようだと、秀麿は思った。 秀麿は父の詞を一つ思い出したのが機縁になって、今一つの父の詞を思い出した。それは又或る日食事をしている・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・八 私は誤解を恐れる。そしてその恐れを愧じる。私はその恐れに打ち克たなくてはならない。 もとより誤解は不愉快である。できるならばそれを解きたいと思う。ただ言葉の間違いや事件の行き違いのほかに根のない誤解ならば、解くことも・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫