・・・――あの血色の悪い丸顔を汗ばませて、絶えず知られざる何物かを哀願しながら、こう先生の読み上げた、喉のつまりそうな金切声は、今日でもなお自分の耳の底に残っている。が、その金切声の中に潜んでいる幾百万の悲惨な人間の声は、当時の自分たちの鼓膜を刺・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・燕はちょこなんと王子の肩にすわって、今馬車が来たとか今小児が万歳をやっているとか、美しい着物の坊様が見えたとか、背の高い武士が歩いて来るとか、詩人がお祝いの詩を声ほがらかに読み上げているとか、むすめの群れがおどりながら現われたとか、およそ町・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ さア初めろと自分の急き立つるので、そろそろ読み上げる事になった。自分がそばで聴くとは思いがけない事ゆえ、大いに恐縮している者もある。それもそのはずで、読む手紙も読む手紙もことごとく長崎より横須賀より、または品川よりなど、初めからそんな・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・収入役は、金高を読み上げて、二人の書記に算盤をおかしていた。源作は、算盤が一と仕切りすむまで待っていた。「おい、源作!」 ふと、嗄れた、太い、力のある声がした。聞き覚えのある声だった。それは、助役の傍に来て腰掛けている小川という村会・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・末弟、長女、次男、次女、おのおの工夫に富んだ朗読法でもって読み終り、最後に長兄は、憂国の熱弁のような悲痛な口調で読み上げた。次男は、噴き出したいのを怺えていたが、ついに怺えかねて、廊下へ逃げ出した。次女は、長男の文才を軽蔑し果てたというよう・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そして枕もとの花鉢をのぞき込んで、葉陰にかくれた木札を見つけ、かなで書いた花の名を一つ一つ大きな声で読み上げた、その読み方がおかしいので皆が笑った。近ごろかたかなを覚えたものだから、なんでもかたかなさえ見れば読んでみなくてはいられないのであ・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ 荘厳な祭式の後に、色々な弔詞が読み上げられた。ある人は朗々と大きな声で面白いような抑揚をつけて読んだが、六かしい漢文だから意味はよく分らなかった。またある人は口の中でぼしゃぼしゃと、誰にも聞こえないように読んでしまった。後にはただ弔詞・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・一人の検事が声高く書類を読み上げました。「ザシキワラシ。二十二歳。アツレキ三十一年二月七日、表、日本岩手県上閉伊郡青笹村字瀬戸二十一番戸伊藤万太の宅、八畳座敷中に故なくして擅に出現して万太の長男千太、八歳を気絶せしめたる件。」「よろ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・けれども、私は、朗々と其等の文章が読み上げられたとき、明に一種の不愉快を感じた。のりとが余りとおり一遍で、嘘だという気が切なく湧いた。正直に訊いたら、列坐の親戚達も皆そう感じたと答えたと思う。祖母は、そんな堂々たる、同時に白々しいのりとなど・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 午後、川口検事によって起訴状が読上げられた。その起訴状の内容がどういうものであるかということは、公判速記がありのままに記録している。 裁判長「偽証の方で、このほか数名とあるが、それがわかっておりますならばその内容をいって下さい。」・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫