・・・ライラック色のルバシカに金髪を輝やかした青年と、黒い上着を着て白っぽいハンティングをかぶったもう一人の青年とが、或る日その屋上へ出て来て愉快そうに談笑しながら、小さいカメラを出して互に互の写真をとりあっている。こっちの窓から其光景を遠く眺め・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・少し晴々し、頻りに談笑するうちに、私は謂わば活動写真的な一場面を見とめた。事実黄金色の軽快なアルコオルが体内に流れ込んだのだから、隣の食卓の一組は食堂に来た時より一層若やぎ恍惚として来たらしい。男は今、つれの婦人のむきだしの腕を絶えず優しく・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・自分たちの祖国のせまくとも誇りあるべき土の上に、浮浪児や失業者や体を売って生きる女性群を放浪させながら、少数のものが自覚のおそい日本人民の統治しやすさについて談笑しながら彼等の国際的なハイボールを傾ける姿を、わたしたち日本の女は、やはり黙っ・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・ それを、談笑のうちにしまい、後の洗物や何かは良人も手伝って、七時半頃までには、外出するとも勉強するとも、眠るまでの時を、さっぱり空けて置くことが出来ます。 R氏の家は、丁度市街に沿うてある細長いモーニングサイド公園に近いので、夕食・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 夕刻事務所から早く帰った日には、皆でテーブルを囲んで夕飯をたべ、後は談笑したり、音楽をきいたり、興に乗じると、昔ロンドンでアーヴィングが演ったハムレットの真似だと云って、芝居の真似をしたり、賑やかでした。喋っても、癇癪を起しても陽性で・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・寝室が別なだけで食事でもお茶でも来合わせている者が食堂へ集って談笑しながら賑やかにたべる。夕飯のときは、ソヴェト同盟における炭坑の経済状態研究のためにレーニングラードから来ている学者が面白い話をして皆をよろこばせた。学者と云っても、書斎にだ・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・広大な方丈に坐って点滴の音を聴いていたら、今日は沈君の絵を一つ見ようと思って、などと談笑しながら幾人もの支那人が畳を踏んで来た気勢を感じるようであった。 毎日よく雨が降ることだ。名物の紙鳶揚も春とともに終った長崎の若葉を濡して、毎日・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 女の賃銀にしろ、男と全く同じ働きでさえ女だからと五銭なり十銭なりやすくしなければ気のすまない従来の習慣に対して、労務委員会あたりでは談笑のうちに、女がどっさりとるようになると永く働いていて男の邪魔になるし、婚期がおくれて人口問題にもさ・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・このような談笑の話と、先日高田が来たときの話とを綜合してみた彼の経歴は、二十一歳の青年にしては複雑であった。中学は首席で柔道は初段、数学の検定を四年のときにとった彼は、すぐまた一高の理科に入学した。二年のとき数学上の意見の違いで教師と争い退・・・ 横光利一 「微笑」
・・・そうして人々は談笑の間に黙々としてこの中心の重大な意味を受け取るのである。先生がその愛する者に対する愛の発表はおもにこれであった。四 ――先生は「人間」を愛した。しかし不正なるもの不純なるものに対しては毫も仮借する所がなかっ・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫