・・・ しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の憂鬱を慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。講和問題、新婦新郎、涜職事件、死亡広告――私は隧道へはいった一瞬間、汽車の走っている方向が逆になったような・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・休憩する事前後二回、時を費す事三分五セコンドの後この偉大なる婆さんの得意なるべき顔面が苦し気に戸口にヌッと出現する、あたり近所は狭苦しきばかり也、この会見の栄を肩身狭くも双肩に荷える余に向って婆さんは媾和条件の第一款として命令的に左のごとく・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・すなわち国家風教の貴き所以にして、たとえば南宋の時に廟議、主戦と講和と二派に分れ、主戦論者は大抵皆擯けられて或は身を殺したる者もありしに、天下後世の評論は講和者の不義を悪んで主戦者の孤忠を憐まざる者なし。事の実際をいえば弱宋の大事すでに去り・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・日独にたいする講和促進と中国から手をひくがよいという主張、植民地住民の自立権の確立なども、ウォーレスの政策の一部にふくまれている。 アメリカ国内の民主的なすべての人々は、政権争いをこえて世界をあかるくするための誠意の披瀝されたウォーレス・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・ 現実をこのように見ている眼をうつして、講和条約にそなえる日本として装われ、観光日本としてポーズされている日本を見たとき、わたしたちがそこに発見するのはなんだろう。シルク・ショウにあらわれている振袖姿の日本娘であり、文化交換として生花、・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・そのための強国間の協力、原子爆弾の禁止、人種的差別の撤廃、マーシャル・プランの廃止、植民地住民の自治原則確立、日独に対する講和促進と占領軍の撤退、中国における民主的連立政権の樹立、タフト・ハートレー法の撤廃、非米委員会活動の廃止、基本産業の・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・そして一時講和条約の人質にしたわけです。そういうようにして結婚させられました女の人がどんな生涯を送ったかと申しますれば、幸にしてそこで無事に子供をもって一生終ればよかったけれども、なかには自分の実家の兄弟と夫の家族とがまた再び戦さを起した時・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・ 日本の講和問題というと、それは政府の仕事で、私たち女などが発言する場所でないように思う習慣があるけれども、この恐ろしい悲しい実話一つを考えてみても、日本の婦人こそ平和について最も発言権の多い人々であることがわかります。 このあいだ・・・ 宮本百合子 「講和問題について」
・・・ こんにち、各国との全面的な講和によって日本の平和が保証されなければならないという問題は、ぴったり、わたしたち一家の問題です。思想の問題ではなく、生きるか、死ぬか、生存の問題です。税がはらえなくてこんなに自殺する人々がふえているきょ・・・ 宮本百合子 「国際婦人デーへのメッセージ」
・・・これらの人々に新聞社は、講和問題に関するアンケートなどもおくっている。『読売新聞』の集めた範囲で作家たちの答えは全面講和の要求だった。 批評家は、一九四九年のこの錯雑混沌とした文学と文学者のありように対して、どうして、ただ押しまくられて・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫