・・・と言い出して、まだ句を切らないうちに、君は「いや低気圧のある間は来客謝絶だ」と云った。低気圧とは何の事だか、君の平生を知らない余には不得要領であったけれど、来客謝絶の四字の方が重く響いたので、聞き返しもしなかった。ただ好い加減に頭の悪い事を・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・「あんまりそんな真似をすると、謝絶ッてやるからいい。ああ、自由にならないもんだことねえ」と、吉里は西宮をつくづく視て、うつむいて溜息を吐く。「座敷の花魁は遅うございますことね。ちょいと見て参りますよ」と、お梅は次の間で鉄瓶に水を加す・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ ひそかに心のうちではにかみ笑いをしながら、彼女は今度もまた謝絶している禰宜様宮田を珍らしく穏やかな眼差しで眺めていた。 彼は相変らずのろい、丁寧な言葉で断わると、うるさいものと諦めていた番頭は思いがけず、じきに納得して帰ってくれた。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・マダム・キューリーが一九〇四年のある朝、アメリカのある会社からラジウムの独占とその独占経営を申しこんで来た手紙に謝絶の返事をしたためた、その心情をわが胸に感じとることはできる。文学者にとって科学の成果は学問としての理解の点では、おそろしく素・・・ 宮本百合子 「私の信条」
出典:青空文庫