・・・ 女店員たちの仕舞にしろ、そこには様々の興味ある問題があると思われる。謡曲が、文学として仏教の影響を深くもっていることや、能の発達が封建の大名のお抱えとしてうけつがれて来たことや、それらは誰も知るとおりである。日本芸術の遺産の中で能は独・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・この時代の特色ある文学として現れた謡曲の中に婦人は描かれるが、それは例えていえば物狂い――気狂いとか、愛情の絆によって、生きながら生霊となり、また死んでも霊となって現れるような、切ない女の心に表現されている。当時の婦人はどんなに自分達の希望・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・私は、途中で平常祖母の好きな謡曲のレコードを買って行った。 祖母は、几帳面なたちであったから、隠居所はいつもきちんと片づき、八畳の部屋も広々としていた。祖母は、そこに寝ているのだが、派手な夜具の色彩や看護婦や枕元の小机などで、部屋は狭く・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・その父の、母の兄に当る一彰さんというひとも前から勘当されて神田の方に謡曲の師匠をしていた。 龍ちゃんと云われた母の甥は横浜のラシャ屋へ婿に行った。行ってみたらば姑に当る四十こした後家が水色のゆもじを出して立て膝で酒をのみ、毎晩ばくちを打・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・にしろ謡曲ではああいう哀れな物語にはなっていない。すべての物語が鬼気せまるように書かれていた。けれども菊池寛の「俊寛」は鬼界ヶ島で坊主の衣をぬいだらスッカリ丈夫になって土地の女を女房にして子供も何人か生んで毎日勇しく大きな魚などを釣ったりし・・・ 宮本百合子 「“慰みの文学”」
・・・ 武家時代に完成された文学の一つの形に謡曲がある。謡曲文学の中には、何と生きるよろこびが反映していないだろう。無限の女性の歎きと怨みとが、響いている。物狂の女主人公達は、総て何かの意味で挫折した愛情の故に狂う哀れな女人であるし、幽霊とな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・少年の読む雑誌もなければ、巌谷小波君のお伽話もない時代に生れたので、お祖母さまがおよめ入の時に持って来られたと云う百人一首やら、お祖父さまが義太夫を語られた時の記念に残っている浄瑠璃本やら、謡曲の筋書をした絵本やら、そんなものを有るに任せて・・・ 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫