・・・これは人生の象徴だ。我々は皆同じように実生活の木馬に乗せられているから、時たま『幸福』にめぐり遇っても、掴まえない内にすれ違ってしまう。もし『幸福』を掴まえる気ならば、一思いに木馬を飛び下りるが好い。――」「まさかほんとうに飛び下りはし・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・この事実は当時の感傷的な僕には妙に象徴らしい気のするものだった。 それから五六日たった後、僕は偶然落ち合ったKと彼のことを話し合った。Kは不相変冷然としていたのみならず、巻煙草を銜えたまま、こんなことを僕に尋ねたりした。「Xは女を知・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・我々の生命を阻害する否定的精神の象徴である。保吉はこの物売りの態度に、今日も――と言うよりもむしろ今日はじっとしてはいられぬ苛立たしさを感じた。「朝日をくれ給え。」「朝日?」 物売りは不相変目を伏せたまま、非難するように問い返し・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 象徴詩という言葉が、そのころ初めて日本の詩壇に伝えられた。私も「吾々の詩はこのままではいけぬ」とは漠然とながら思っていたが、しかしその新らしい輸入物に対しては「一時の借物」という感じがついて廻った。 そんならどうすればいいか? そ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・行春の景を象徴するもののごとし。馬士 (樹立より、馬を曳いて、あとを振向きつつ出づ。馬の背に米俵ああ気味の悪い。真昼間何事だんべい。いや、はあ、こげえな時、米が砂利になるではねえか。(眉毛に唾しつつ俵を探りて米を噛まず無事だ。――弘・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・言換えれば椿岳は実にこの不思議な時代を象徴する不思議なハイブリッドの一人であって、その一生はあたかも江戸末李より明治の初めに到る文明急転の絵巻を展開する如き興味に充たされておる。椿岳小伝はまた明治の文化史の最も興味の深い一断片である。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・今でこそ樟脳臭いお殿様の溜の間たる華族会館に相応わしい古風な建造物であるが、当時は鹿鳴館といえば倫敦巴黎の燦爛たる新文明の栄華を複現した玉の台であって、鹿鳴館の名は西欧文化の象徴として歌われたもんだ。 当時の欧化熱の中心地は永田町で、こ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・筋とか、時間的の変遷とか云うものを描くのではなくて、そこに自分が外界から受け得た刺戟とか、胸の中の苦悶とかを象徴的に映出するのである。それには無論強烈な色彩を以てしなければならないと思う。 丁度、絵画に於ける色彩派が使うような色で描き現・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ 社会について考えるものは、空の現象は、即ち、これ社会に於ける、すべてのものの象徴であるとは考えまいか? 尚それに近き例を、芸術の上に取ることも出来る。 作家は、空想する自由を有している。空想は、ちょうど雲のようなものだ。はじめは、・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・の看板であるばかりでなく、法善寺のぬしであり、そしてまた大阪のユーモアの象徴でもあろう。 大阪人はユーモアを愛す。ユーモアを解す。ユーモアを創る。たとえば法善寺では「めをとぜんざい」の隣に寄席の「花月」がある。僕らが子供の頃、黒い顔の初・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫