・・・ときくと、お民は事もなげに、「あなたの財産の半分。」と云切って、横を向いてまた煙草の烟を天井の方へ吹きかけた。 僕は覚えず吹き出しそうになったのを、辛くも押えて、「兎に角そんな出来ない相談をしたって、暇つぶしはお互に徳の行くはなしじゃな・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・其家の財産は太十の縁談を容易に成就させたのであった。二 太十が四十二の秋である。彼は遠い村の姻戚へ「マチ呼バレ」といって招かれて行った。二日目の日が暮れてから帰って来た。隣村の茶店まで来た時そこには大勢が立ち塞って居るのを見・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・単に所有という点からいえば聊か富という念も起るが、それは親の遺産を受け継いだ富ではなくって、他人の家へ養子に行って、知らぬものから得た財産である。自分に利用するのは養子の権利かも知れないが、こんなものの御蔭を蒙るのは一人前の男としては気が利・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・彼らは特殊の魔力を有し、所因の解らぬ莫大の財産を隠している。等々。 こうした話を聞かせた後で、人々はまた追加して言った。現にこの種の部落の一つは、つい最近まで、この温泉場の附近にあった。今ではさすがに解消して、住民は何所かへ散ってしまっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・例えば隣家は頻りに繁昌して財産も豊なるに、我家は貧乏の上に不仕合のみ打続く、羨ましきことなり憎らしきことなり、隣翁が何々の方角に土蔵を建てゝ鬼瓦を上げたるは我家を睨み倒さんとするの意なり、彼の土蔵が火事に焼けたらば面白からん、否な人の見ぬ間・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・もない訳だが、それは六十に余る達者な親父があって、その親父がまた慾ばりきったごうつくばりのえら者で、なかなか六十になっても七十になっても隠居なんかしないので、立派な一人前の後つぎを持ちながらまだ容易に財産を引き渡さぬ、それで仕方なしに今に若・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ どうだ、そうしてこの象は、もうオツベルの財産だ。いまに見たまえ、オツベルは、あの白象を、はたらかせるか、サーカス団に売りとばすか、どっちにしても万円以上もうけるぜ。第二日曜 オツベルときたら大したもんだ。それにこの前稲・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・大小の軍需成金たちは、戦時利得税や、財産税をのがれるために濫費、買い漁りをしているから、インフレーションは決して緩和されない。却って、最近悪化して来ている。いくら、待遇改善しても、月給は物価に追いつく時は決してない。これがインフレーションの・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・一つは財産というものの観念である。銭を待ったことのない人の銭を持った喜びは、銭の多少には関せない。人の欲には限りがないから、銭を持ってみると、いくらあればよいという限界は見いだされないのである。二百文を財産として喜んだのがおもしろい。今一つ・・・ 森鴎外 「高瀬舟縁起」
・・・お前ら自家の財産減らすことより考えやせんのや。」「安次の一疋やそこら何んじゃ。それに組へのこのこ出かけていって恰好の悪いこと知らんのか!」「何を云うのや、お前!」 お霜は勘次をじっと見た。「しぶったれ!」勘次は小屋の外へ出て・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫