・・・私は、自分の語学の貧しさを恥かしく思った。「アメリカにも、招魂祭があるのかしら。」 とそのひとが言った。「招魂祭の花なの?」 そのひとは、それに答えず、「墓場の無い人って、哀しいわね。あたし、痩せたわ。」「どんな言葉・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・それゆえにたとえば「貧しい部屋の中で」とか「歓喜に満ちて」とか、そんな漠然とした言葉を使ってもいいかもしれない。しかしいよいよ撮影を実行する前にはこれでは全く役に立たない。「貧しさ」を「映画の言葉」すなわち、これに相当する視覚的な影像に翻訳・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかし上記のトーキーに出て来る二つの合唱だけに比べても実になんという貧しさであろう。 これはトーキー作者の問題であると同時に、国民全体の音楽的生活に関する問題でもある。 十六 ある夜の出来事 ゲーブルとコルベール・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ ゴンドラもおもしろく、貧しい女も美しく見えます。 ローマから ローマへ来て累々たる廃墟の間を彷徨しています。きょうは市街を離れてアルバノの湖からロッカディパパのほうへ古い火山の跡を見に参りました。至るところ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 流は千葉街道からしきりと東南の方へ迂回して、両岸とも貧しげな人家の散在した陋巷を過ぎ、省線電車の線路をよこぎると、ここに再び田と畠との間を流れる美しい野川になる。しかしその眺望のひろびろしたことは、わたくしが朝夕その仮寓から見る諏訪田・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・堀割は以前のよりもずッと広く、荷船の往来も忙しく見えたが、道路は建て込んだ小家と小売店の松かざりに、築地の通りよりも狭く貧しげに見え、人が何という事もなく入り乱れて、ぞろぞろ歩いている。坂本公園前に停車すると、それなり如何ほど待っていても更・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ この静な道を行くこと一、二町、すぐさま万年橋をわたると、河岸の北側には大川へ突き出たところまで、同じような平たい倉庫と、貧しげな人家が立ちならび、川の眺望を遮断しているので、狭苦しい道はいよいよせまくなったように思われてくる。わたくし・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・百花園は白鬚神社の背後にあるが、貧し気な裏町の小道を辿って、わざわざ見に行くにも及ばぬであろう。むかし土手の下にささやかな門をひかえた長命寺の堂宇も今はセメント造の小家となり、境内の石碑は一ツ残らず取除かれてしまい、牛の御前の社殿は言問橋の・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・に落花を捻りけり鮓桶をこれへと樹下の床几かな三井寺や日は午に逼る若楓柚の花や善き酒蔵す塀の内耳目肺腸こゝに玉巻く芭蕉庵採蓴をうたふ彦根の夫かな鬼貫や新酒の中の貧に処す月天心貧しき町を通りけり秋風や酒肆に詩うた・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
「貧しき人々の群」は一九一六年、十八歳のときに書かれた。そして、その年の秋中央公論に発表された。「貧しき人々の群」は、稚いけれども純朴な人道的なこころもちと、自然の豊富さ、人間生活への感動にたってかかれている。少女だった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
出典:青空文庫