・・・ 二 日本の家庭の父や母たちは、永年にわたる家庭の友として異性の友人たちをもって、互の家庭の純潔をまっとうしながら友愛をみのらせて来たという経験には何と乏しく貧しいことだろう。その貧しさ乏しさは、若い世代の・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・ 何かにつけて頼りになるべきお君の実家は、却って自分が頼られるほど貧しい、哀れな生活をして居た。 元は村のかなり好い位置に居て、人からも相当に立てられて居た身も、不具者になっては、どうともする事が出来ない・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 小霧降り虫声わびて 我が心悲しめる 夜の最中 私は丁度その頃かなりの大病をした後だったので福島の祖母の家へ行って居た。 貧しいそいで居て働く事のきらいな眠った様なその村の単・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
ここに一枚のスケッチがある。のどもとのつまった貧しい服装をした中年の女がドアの前に佇み、永年の力仕事で節の大きく高くなった手で、そのドアをノックしている。貧しさの中でも慎しみぶかく小ざっぱりとかき上げられて、かたく巻きつけ・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・親が貧しくなり、子供らの生活も貧困化し、それは大衆のもっている文化の貧しさを結果してきているのである。 現代の世界の多数の子供らの日常生活にとっては、アリスの不思議な国も消え失せてしまっているし、また、昔ディケンズが描いたように、小さい・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
貧困というものは、云ってみれば今日世界にみちている。病気というものも、その貧困ときりはなせない悲しいつながりをもって今日の世界にみちている。今日の社会感情のなかでは、貧しさと病とに対して闘っている人々の余りの多さのために、・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・その第一は、『文学界』の提案も谷川氏の思索も、どちらも民衆の今日の文化水準の低さ、貧しさというものを固定的にそれなりに肯定して、結果としては知識人をそれに追随させようとしていることである。民衆は今日の文化的貧困を自覚するとしないとにかかわら・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・あまりの貧しさ、貧しさ極った無一物から漂然とした従来の中国庶民の自由さとちがって、春桃は、稼業を見つけ出す賢さ、男二人をそれぞれに役立ててゆく才能、小さい店もひろげてゆく実際能力をもつ女であるからこその「誰のものでもない」こころもちを通して・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 今までは、貧しくこそあれ一文の貸しもない代りに、また借りもなく、家内中の者が家内中の手で暮していられた彼等の生活には、絶えずジリジリと生身に喰いこんで来る重い重い枷が掛けられた。 どうにかしてはずしたい。 何とかして元の身軽さ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・人生の偉大と豊饒とは畢竟心貧しき者の上に恵まれるでしょう。悩める者、貧しき者は福なるかな。私は自分の貧しさに嘆く人々が一日も早く精神の王国の内に、偉大なる英雄たちの築いたあの王国の内に、限りなき命の泉を掬み、強い力と勇気とをもってふるい立つ・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫