・・・元来我慢しろと云うのは現在に安んぜざる訳だ――だんだん事件がむずかしくなって来る――時々やけの気味になるのは貧苦がつらいのだ。年来自分が考えたまた自分が多少実行し来りたる処世の方針はどこへ行った。前後を切断せよ、妄りに過去に執着するなかれ、・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 貧民の有様、かくの如しといえども、近年は政府よりもしきりに御世話、市在の老人たちもしきりに説諭、また一方には、日本の人民も久しく太平文化の世に慣れて、教育の貴きゆえんを知り、貧苦の中にも、よくその子を教育の門に入らしめ、もって今日の盛・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・世の男女或は此賭易き道理を知らずして、結婚は唯快楽の一方のみと思い却て苦労の之に伴うを忘れて、是に於てか男子が老妻を捨てゝ妾を飼い、婦人が家の貧苦を厭うて夫を置去りにするなどの怪事あり。畢竟結婚の契約を重んぜざる人非人にこそあれ。慎しむ可き・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・その中にたのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふ時たのしみはまれに魚烹て児等皆がうましうましといひて食ふ時など貧苦の様を詠みたるもあり。 文人の貧に処るは普通のことにして、彼らがいくばくか誇張的にその貧を文字に・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・題が示しているようにこの二十歳の作者の世界は貧苦と病と労働の世界である。好評であることが十分にうなずけるつよい迫力をもった、生々しい筆致で長屋生活の「隣近所の十ケ月」その他が描かれている。この作者は、はっきり婦人作家として立ってゆこうとする・・・ 宮本百合子 「若い婦人の著書二つ」
出典:青空文庫