・・・ 大隅君が北京から、やって来るというので、家の者が、四、五日前から、野菜やさかなを少しずつ買い集め貯蔵して置いたのだ。交番へ行って応急米の手続きもして置いたのだ。お酒は、その朝、世田谷の姉のところへ行って配給の酒をゆずってもらって来たの・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私は書き上げた作品を、大きい紙袋に、三つ四つと貯蔵した。次第に作品の数も殖えて来た。私は、その紙袋に毛筆で、「晩年」と書いた。その一聯の遺書の、銘題のつもりであった。もう、これで、おしまいだという意味なのである。」 こんなところがまあ、・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・私は書き上げた作品を、大きい紙袋に、三つ四つと貯蔵した。次第に作品の数も殖えて来た。私は、その紙袋に毛筆で、「晩年」と書いた。その一聯の遺書の、銘題のつもりであった。もう、これで、おしまいだという意味なのである。芝の空家に買手が附いたとやら・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 北海道では熊におびやかされたり、食糧欠乏の難場で肝心の貯蔵所をこの「山のおじさん」に略奪されて二三日絶食した人もある。道を求めて滝壺に落ちて危うく助かった人もある。暴風にテントを飛ばされたり、落雷のために負傷したり、そのほか、山くずれ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・年じゅう同じように貯蔵した馬鈴薯や玉ねぎをかじり、干物塩物や、季節にかまわず豚や牛ばかり食っている西洋人やシナ人、あるいはほとんど年じゅう同じような果実を食っている熱帯の住民と、「はしり」を喜び「しゅん」を貴ぶ日本人とはこうした点でもかなり・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・食糧を貯蔵しなかった怠け者の蟋蟀が木枯しの夜に死んで行くというのが大団円であったが、擬音の淋しい風音に交じって、かすかなバイオリンの哀音を聞かせるのが割に綺麗に聞きとれるので、これくらいならと思って安心したのであった。 色々な種類の放送・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・ただ量的にあまりに抽象的な、ややもすれば知識の干物の貯蔵所となる恐れのある学界の一隅に、時々は永遠に若い母なる自然の息を通わせることの必要を今さららしく強調するためにこんな蕪辞を連ねたに過ぎないのである。若くてのんきで自由な頭脳を所有する学・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・春の頃は空の植木鉢だの培養土だのがしかし呑気に雑然ころがっていた古風な大納屋が、今見れば米俵が軋む程積みあげられた貯蔵所になっていて、そこから若い棕梠の葉を折りしいてトロッコのレールが敷かれている。台の下に四輪車のついたものが精米をやってい・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・冷蔵庫、野菜貯蔵箱などは、解り切った必要品で、置かれるべき場所も、云うほどのことはありませんでしょう。 風呂場は、私共にとって、決して、等閑に附せられないものです。せっせと集注して何かをし、一風呂あびようと云って、程よい・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・テエヌは十九世紀初頭の「パリは全世界のあらゆる思想が詰込まれ、精錬された貯蔵所であり、蒸溜器である」ことを認めている。「かくの如く神経過敏になり、かくの如き環境に育って、彼等はいかなる種類の思想にも喜びを感じることが出来、しかも奇抜な形をと・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫