・・・それは『失礼ですが貴方の顔が著しく猿に似ているという事実が貴方の学説をひどく左右したのだと思います』というのであった。」 一八六八年の米国旅行から帰ってから、彼は自分の実験に着手した。ルムコルフコイル、グローヴ電池、無定位電流計、大きな・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・「あの、深水さんがね、貴方のことを――」 夕闇の底に、かえってくっきりとみえる野菊の一とむらがあるところで、彼女はしゃがんでそれをつみとりながら、顔をあおのけていった。「――青井は未来の代議士だって、妾も、信じますわ」 こい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・すると重吉は別に気にかける様子もなく、万事貴方にお任せするからよろしく願いますと言ったなり、平気でいた。刺激に対して急劇な反応を示さないのはこの男の天分であるが、それにしても彼の年齢と、この問題の性質から一般的に見たところで、重吉の態度はあ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・が、われわれの方は人間であるという事が大切な事で、社会上よりいうときは御互に社会の一員であるけれども、われわれの方は貴方がたに比べて人間という事が大事になる。 ところがここに腕の人でもなく頭の人でもない一種の人がある。資本家というものが・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・その時分の生徒は皆恐らく今此所には一人もいないでしょう、卒業したでしょうけれども、しかし貴方がたはその後裔といいますか、跡続ぎ見たような子分見たような者で、その親分をこの教場で度々虐めていた事などがあるから、その子か孫に当るような人などは何・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・『兄さん、貴方は死んで呉れちゃいやですよ。決して死ぬんじゃありませんよ。貴方は普通の兵士ですよ。戦争の時、死ぬ為に、平生から扶持を受けてる人達とは違ってよ。兄さん自分から好んで、』 強い咳払いを一つ、態と三つまで続けて、其女の方の言・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・あの時の事を思えば、まあ、どんなに嬉しかったろう。貴方はもう忘れておしまいなされたか。貴方はわたしを非道い目にお逢せなさいました。ほんにほんに非道いめに。だが、世の中の事は何でも苦痛に終らぬ事は無い。ほんにわたしの嬉しいと思ったその数は、指・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・私は貴方さまにそんなにしていただくほど身分の高いものではございませんですから……第一の精霊 云うでござる、身分の高いものではございませんですから―― 良う御ききなされ美くしいシリンクス殿。 年老いた私共は、その若人のするほどにも・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 銃後の力としての女の労働力は、決して貴方が七分、私が三分的な和気あいあい的なものではない。その労作の面で課せられる仕事の実質は、大の男を瞠若たらしめるだけのものなのである。科学主義工業の提唱者は、おおうところなく明言している。例外なし・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・「今其那に女中なんかないのよ。貴方男だから好きになすったって如何かなるには違いないけれど。――私困るわ。――返事位少し沢山したってれんを置いて下さればいいのに。……あの人もあの人ね。私に云うと止められるものだから、まるで狡いわ。ただ行っ・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫