・・・この婆さんは呉服屋の仕立物をうけおい、その呉服屋が此村に持って居る貸家に、長い事、不精に貧しく暮して居るのである。 不幸な人と云わるべき老婆である。全くの孤独である。子も同胞も身寄もないので家も近し、似よった年頃だと云うのでよく祖母の家・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・往来の右手の小高いところに木造のコロニアル風の洋館があって、それが永いこと貸家になっている。その辺からもう町の大通りである桜並木が始っていた。天気の好い冬の日など霞んだように遠方まで左右から枝をさし交している並木の下に、赤い小旗などごちゃご・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・などと云う活字の下を、驚と、好奇心と相半ばした心持で読みなどし乍ら、「貸家、赤坂見附近」と云うような文字でも見つかると、心をあつめて、間数や家賃を読むのである。 始め、片町を見つける頃よりは、余程、貸家は出たらしい。一つは、あの頃の払底・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 日本全国の人口割にして、大都会の住民の九割は貸家に住んでいるだろう。月々の生活費の大小はまちまちでも、その経費の親玉は家賃である。昨今の始末では、全く狐に穴あれども人の子に住居なしになるかと案ぜられる折から、厚生省が適正と見る家賃のわ・・・ 宮本百合子 「私の感想」
・・・ 五つの年から、畑のある家で大きく成った泰子は、貸家払底の恐ろしさを始めて味わされた。 其ばかりか、その附近には、幼稚園の中のように子供が沢山居た。 狭い庭を取繞いた板塀に添うて、石の段々が、下の長屋までついて居る。丁度学校が仕・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫