・・・ 加州一藩の経済にとっては、勿論、金無垢の煙管一本の費用くらいは、何でもない。が、賀節朔望二十八日の登城の度に、必ず、それを一本ずつ、坊主たちにとられるとなると、容易ならない支出である。あるいは、そのために運上を増して煙管の入目を償うよ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・「風呂桶をしかえたな」 父は箸を取り上げる前に、監督をまともに見てこう詰るように言った。「あまり古くなりましたんでついこの間……」「費用は事務費で仕払ったのか……俺しのほうの支払いになっているのか」「事務費のほうに計上し・・・ 有島武郎 「親子」
・・・不恰好な二階建ての板家に過ぎないのだけれども、その一本の柱にも彼れは驚くべき費用を想像した。彼れはまた雪のかきのけてある広い往来を見て驚いた。しかし彼れの誇りはそんな事に敗けてはいまいとした。動ともするとおびえて胸の中ですくみそうになる心を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・おはまばかり以前にも増して一生懸命に同情しているけれど、向うが身上がえいというので、仕度にも婚礼にも少なからぬ費用を投じたにかかわらず、四月といられないで出て来た。それも身から出た錆というような始末だから一層兄夫婦に対して肩身が狭い。自分ば・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・が、手紙で知らして来た容子に由ると、その後も続いて沼南の世話になっていたらしく、中国辺の新聞記者となったのも沼南の口入なら、最後に脚気か何かの病気でドコかの病院に入院して終に死んでしまった病院費用から死後の始末まで万端皆沼南が世話をしてやっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・林間学校、キャンプ生活、いずれも理想的なるに相違ないが、それには、費用のかゝることであり、無産者の子供は、加わることができない。要は、適当なる社会政策の施されざるかぎり、学校か、町会などにて容易に実行されることでなければならぬ。 これに・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・それに又月謝やその他の費用がとても民衆には払われるものでない。要するに金持の子弟の遊び場所にすぎないのである。――それに又其等の学校を出れば一定の職業を与えらるゝのが――在来の習慣若しくは形式になっている。此の如き大学の組織である以上、吾々・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・どうぞ葬いの費用を多少なりともお恵み下さいまし。」 これを聞くと、見物の女達は一度にわっと泣き出しました。 爺さんは両手を前へ出して、見物の一人一人からお金を貰って歩きました。 大抵な人は財布の底をはたいて、それを爺さんの手にの・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ その夜、近くの大西質店の主人が大きな風呂敷を持ってやってき、おくやみを述べたあと、「じつは先達てお君はんの嫁入りの時、支度の費用やいうて、金助はんにお金を御融通しましてん。そのとき預ったのが利子もはいってまへんので、もう流れてまん・・・ 織田作之助 「雨」
・・・れの案だなどと断るまでもないことだし、また、べつだんおれの智慧を借りなくても誰にも思いつけることだが、しかし、あんなに大胆に、殆んど向う見ずかと思えるくらいには、やはりおれでなくてはやれなかったろう。費用にしろ、よくまあ使ったと思えるくらい・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫