・・・それが資本です。それで日本橋四丁目の五会という古物市場で五円で中古自転車を買った。それから大今里のトキワ会という紙芝居協会へ三円払って絵と道具を借りた。谷町で五十銭の半ズボン、松屋町の飴屋で飴五十銭。残った三銭で芋を買って、それで空腹を満し・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ いかに何でも奥州下んだりから商売の資本を作るつもりで、これだけの代物を提げてきたという耕吉の顔つきを、見なおさずにはいられないといった風で、先生はハキハキした調子で言った。「それではその新しい方の分も、全部贋物なんでしょうか」芳本・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・なるほど二人は内密話しながら露繁き田道をたどりしやも知れねど吉次がこのごろの胸はそれどころにあらず、軍夫となりてかの地に渡り一かせぎ大きくもうけて帰り、同じ油を売るならば資本をおろして一構えの店を出したき心願、少し偏屈な男ゆえかかる場合に相・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・『キリスト教の本質』を書いたフォイエルバッハの人間の共同生活態という美しい、人類の輝かしい希望をつなぐ理念を物的の意味に引き下してしまって何の役に立つのであろう。資本主義制度はもとより悪い。道徳的意味においてこれは呪詛されねばならぬ。われわ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・酒精に水をまぜて、火酒として売りつけた。資本主義時代から、飲んだくれることが労働者的であるように思いこんでいるルンペンを酒に酔わしてしまった。酒のために、困難な闘争を忘れさせた。そして、ゼーヤから掘りだしてきた砂金を代りにポケットへしのばし・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・それは旅中で知合になった遊歴者、その時分は折節そういう人があったもので、律詩の一、二章も座上で作ることが出来て、ちょっと米法山水や懐素くさい草書で白ぶすまを汚せる位の器用さを持ったのを資本に、旅から旅を先生顔で渡りあるく人物に教えられたから・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 資本家は不景気の責任を労働者に転嫁して、首切りをやる。それを安全にやるために、われ/\の前衛を牢獄につないで置くのだ、――今になって見ると、お君にはそのことがよく分った。メリヤス工場でもその手をやっていたのだ。今夫が帰って来てくれたら・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・ 雑誌社は罹災し、その上、社の重役の間に資本の事でごたごたが起ったとやらで、社は解散になり、夫はたちまち失業者という事になりましたが、しかし、永年雑誌社に勤めて、その方面で知合いのお方たちがたくさんございますので、そのうちの有力らしいお・・・ 太宰治 「おさん」
・・・松平氏は資本家で搾取者であったろうが、彼の闘志と赤色趣味とは今のプロレタリア運動にたずさわる人々と共通なものをもっていた。しかしまたピンヘッドやサンライズを駆逐して国産を宣伝した点では一種のファシストでもあったのである。彼もたしかに時代の新・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・多度でもないけれど、商売の資本まで卸してやったからね」と爺さんは時々その娘のことでこぼしていた。「お爺さんなんざ、もう楽をしても好いんですがね。」 上さんはお茶を汲んで出しながら、話の多い爺さんから、何か引出そうとするらしかった。子・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫