・・・衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを、メシアの出現を惧れるために、ヘロデ王の殺した童子たちのことを、ヨハネの洗礼を受けられ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・「あなたはきっと賢い奥さんに――優しいお母さんにおなりなさるでしょう。ではお嬢さん、さようなら。わたしの降りる所へ来ましたから。では――」 宣教師はまた前のように一同の顔を見渡した。自働車はちょうど人通りの烈しい尾張町の辻に止まって・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・B これでも賢いぜ。A とはいうものの、五と七がだんだん乱れて来てるのは事実だね。五が六に延び、七が八に延びている。そんならそれで歌にも字あまりを使えば済むことだ。自分が今まで勝手に古い言葉を使って来ていて、今になって不便だもないじ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・と、いうと、腰を上げざまに襖を一枚、直ぐに縁側へ辷って出ると、呼吸を凝して二人ばかり居た、恐いもの見たさの徒、ばたり、ソッと退く気勢。「や。」という番頭の声に連れて、足も裾も巴に入乱るるかのごとく、廊下を彼方へ、隔ってまた跫音、次第に跫・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ と口の裡、呼吸を引くように、胸の浪立った娘の手が、謹三の袂に縋って、「可恐い……」「…………」「どうしましょうねえ。」 と引いて縋る、柔い細い手を、謹三は思わず、しかと取った。 ――いかになるべき人たちぞ…大正・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ この魔のような小母さんが、出口に控えているから、怪い可恐いものが顕われようとも、それが、小母さんのお夥間の気がするために、何となく心易くって、いつの間にか、小児の癖に、場所柄を、さして憚らないでいたのである。が、学校をなまけて、不思議・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ さりとて怒ってばかりもおられず、憎んでばかりもおられず、いまいましく片意地に疳張った中にも娘を愛する念も交って、賢いようでも年が若いから一筋に思いこんで迷ってるものと思えば不愍でもあるから、それを思い返させるのが親の役目との考えもない・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ はて恐いな。お前に恨まれたらば眠くなって来た。と善平はそのまま目を塞ぐ。あれお休みなさってはいやですよ。私は淋しくっていけませんよ。と光代は進み寄って揺り動かす。それなら謝罪ったか。と細く目を開けば、私は謝罪るわけはありませぬ。父様こ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・突然明い所へ出ると、少女の両眼には涙が一ぱい含んでいて、その顔色は物凄いほど蒼白かったが、一は月の光を浴びたからでも有りましょう、何しろ僕はこれを見ると同時に一種の寒気を覚えて恐いとも哀しいとも言いようのない思が胸に塞えてちょうど、鉛の塊が・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・のみならず賢いことでさえある。古来幾多のすぐれたる賢者たちがその青春において、そうした見方をしたであろうか。ダンテも、ゲーテも、ミケランジェロも、トルストイもそうであった。ストリンドベルヒのような女性嫌悪を装った人にもなおつつみ切れぬものは・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫