・・・生徒の質問の中で、折り折り胸を刺れるようなのがある。中には自分の秘密を知ってあんな質問をするのではあるまいかと疑い、思わず生徒の面を見て直ぐ我顔を負向けることもある。或日の事、十歳ばかりの児が来て、「校長先生、岩崎さんが私の鉛筆を拾って・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・私はやりたいと思う仕事の志がとげられず、精力も野心も鬱積してる今日、青春の回顧にふけるようなことはあまりないが、よく質問されるので、この戯曲のことから青春を思いかえすことがある。 私の青春はたしかに純熱であった。私は悔いを感じない。人生・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・銘々勝手な事を読んで行って勝手な質問をする、それが唯一の勉強法なのでしたが、中には何を読んで好いか分らないという向がある。すると、正直に先生に其の旨をいって御尋ねする、それなら何を読んだら宜敷かろうと、学力相応に書物を指定して下さるといった・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・とは思わず口頭に迸った質問で、もちろん細君が一方ならず同情を主人の身の上に寄せたからである。しかし主人はその質問には答えなかった。「それを今更話したところで仕方がない。天下は広い、年月は際涯無い。しかし誰一人おれが今ここで談す話を虚・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・裁判長はそう云って、次に山崎に同じ質問を発した。山崎は立ち上がると、しばらくモジ/\していたが、低い声で裁判長の方に向って何か云った。裁判長は白い髯を噛みながら、「本当にやめる心積りか?」と訊きかえした。「そうです、考えるところがあって……・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 私は井伏さんに少しでも早く書かせたいので、そんな出しゃばった質問をする。「うん、噴火の所なんだがね。君は、噴火でどんな場合が一ばんこわいかね。」「石が降ってくるというじゃありませんか。石の雨に当ったらかなわねえ。」「そうか・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ふと顔をあげてそんな突拍子ない質問を発する私のかおは、たしかに罪人、被告、卑屈な笑いをさえ浮べていたと記憶する。「ええ、もう、どうやら」くったくなく、そうほがらかに答えて、お巡りはハンケチで額の汗をぬぐって、「かまいませんでしょうか。こ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・ある時彼の伯父に当る人で、工業技師をしているヤーコブ・アインシュタインに、代数学とは一体どんなものかと質問した事があった。その時に伯父さんが「代数というのは、あれは不精もののずるい計算術である。知らない答をXと名づけて、そしてそれを知ってい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・講義のあとで質問者が押しかけてきても、厭な顔をしないで楽しそうに教えているそうである。彼の聴講者は千二百人というレコード破りの多数に達した。彼の講義室は聞くまでもなくすぐ分る。みんなの行く方へついて行けばいい、と云われるくらいだそうである。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・めに、わたくしが頼みもせぬのに、その心やすい名医何某博士を訪い、今日普通に行われている避姙の方法につき、その実行が間断なく二、三十年の久しきに渉っても、男子の健康に障害を来すような事がないものか否かを質問し、その返答を伝えてくれたことがあっ・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫