・・・一方には赤い血の色や青い空の色も欲しいという気持が滅しない。幾ら知識を駆使して見てもこの矛盾は残る。つまり私は一方にはある意味での宗教を観ているとともに、一方はきわめて散文的な、方便的な人生を観ている。この両端にさまよって、不定不安の生を営・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・そのうちに老人の日に焼けた顔が忽ち火のように赤くなった。その赤い色は、上着の襟の開いている処に見えている、胸のあたりから顔へ上がって行ったのである。それと同時に胸に一ぱい息を溜めた。そしてその息を唇から外へ洩らすまいとしたが、とうとう力のな・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・男の子はじぶんのお家の、四つ足の白い、栗の皮のような赤い色の牛のことを話しました。女の子は、そこいらになっているりんごを一つもいで、二人で食べました。二人はすっかりなかよしになりました。 男の子は、金の窓のことを女の子に話しました。女の・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・顔は百合の花のような血の気のない顔、頭の毛は喪のベールのような黒い髪、しかして罌粟のような赤い毛の帽子をかぶっていました。奥さんは聖ヨハネの祭日にむすめに着せようとして、美しい前掛けを縫っていました。むすめはお母さんの足もとの床の上にすわっ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・それが皆一室に集り、おいで東京の叔父さんのとこへ、おいでA叔母さんのとこへ、とわいわい言って小さい姪ひとりを奪い合うのですけれど、そんなときには、この兄は、みんなから少し離れて立っていて、なんだ、まだ赤いじゃないか、気味がわるい、などと、生・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 野は平和である。赤い大きい日は地平線上に落ちんとして、空は半ば金色半ば暗碧色になっている。金色の鳥の翼のような雲が一片動いていく。高粱の影は影と蔽い重なって、荒涼たる野には秋風が渡った。遼陽方面の砲声も今まで盛んに聞こえていたが、いつ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ラインゴルドで午食をして、ヨスチイで珈琲を飲んで、なんにするという思案もなく、赤い薔薇のブケエを買って、その外にも鹿の角を二組、コブレンツの名所絵のある画葉書を百枚買った。そのあとでエルトハイムに寄って新しい襟を買ったのであった。 晩に・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・落葉松の林中には蝉時雨が降り、道端には草藤、ほたるぶくろ、ぎぼし、がんぴなどが咲き乱れ、草苺やぐみに似た赤いものが実っている、沢へ下りると細流にウォータークレスのようなものが密生し、柵囲いの中には山葵が作ってある。沢の奥の行きづまりには崩れ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 雪江はおいしそうに、静かに箸を動かしていた。 紅い血のしたたるような苺が、終わりに運ばれた。私はそんな苺を味わったことがなかった。 私たちはそこを出てから、さらに明石の方へ向かったが、そこは前の二つに比べて一番汚なかった。淡路・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・長野は、赤い組長マークのついた菜葉服の上被を、そばの朝顔のからんだ垣にひっかけて、靴ばきのままだが、この家の主人である深水は、あたらしいゆあがりをきて、あぐらをかいている。「その顔つきじゃ、あかんな」 チャップリンひげをうごかして長・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫