・・・ 御供をし又それを静かに引いて柩は再び皆の手に抱かれて馬車にのせられ淋しい砂利路を妹の弟と身内の誰彼の眠って居る家の墓地につれられた。 赤子のままでこの世を去った弟と頭を合わせて妹の安まるべき塚穴は掘ってあった。 私はその塚穴の・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 親元に報じてやる手紙が出されるのを見てから赤子のわきに横になりはなっても、自分が経験した病気に対する、あらゆる悲しさや恐ろしさが過敏になった心に渦巻きたって、もうどうしても死なねばならないときまってしまった様な厳な気持になったりして、・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・ 敏子という名で、戦争反対をハッキリのべている文章なのだが、ここでは〔三字伏字〕は御自分の赤子が殺されるのを云々という文句がある。自分は、どっちも読み直し、文章そのものに何の咎めるべきところはないと云った。「――しかしですね」 ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 基督教が赤子の時から吹き込んだ「平等なるべき」人類として、彼等の尊重すべき伴侶として立つべき位置に立てられて幾代かを経た此方の女性と、彼女の最愛の「良人」をさえ「主人」と呼んで暮して来た日本女性との間に、其の力ある発展に於て差異を持っ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・相当愛に確信のある夫婦でも妻の方が永年の病にかかったとしたら、妻であるその人に向けられている劬り、憐憫、愛にかわりはないとして、良人のその態度に妻は決して赤子のように抱かれきってはいられまい。心理的にどこかで我が身をひいて考える。その心持に・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・それが母の心配になるので、お前は目ざといから、と私が赤子と看護婦のわきに臥かされた。弱くて到頭育ちかねたその赤子は一夜のうちに幾度か泣いて、泣くと容易にしずまりかねた。三度に一度は、むし暑い蚊帳の中で泣きしきる赤坊を抱いて歩いているうちに、・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・これらの作家たちのほとんどすべての人々は、男も女も十月には赤子であった人々である。あどけない、碧い眼をしたオクチャブリャータであった。ピオニェール、コムソモールとしてソヴェト社会生活のうちに育ち、ラブ・セル・コル活動をとおして、文章というも・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・その次に太郎兵衛が娘をよめに出す覚悟で、平野町の女房の里方から、赤子のうちにもらい受けた、長太郎という十二歳の男子がある。その次にまた生まれた太郎兵衛の娘は、とくと言って八歳になる。最後に太郎兵衛の始めて設けた男子の初五郎がいて、これが六歳・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・無遠慮な Egoist たるF君と、学徳があって世情に疎く、赤子の心を持っている安国寺さんとの間でなくては、そう云うことは成り立たぬと思ったのである。 安国寺さんの誠は田舎の強情な親達を感動させて、女学生はF君の妻になることが出来た。・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ところがいよいよ子爵夫人の格式をお授けになるという間際、まだ乳房にすがってる赤子を「きょうよりは手放して以後親子の縁はなきものにせい」という厳敷お掛合があって涙ながらにお請をなさってからは今の通り、やん事なき方々と居並ぶ御身分とおなりなさっ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫