・・・と毒々しい赤色で書いてあるのが眼を牽いたので、彼は急ぎながらも、毒々しい箱の字を少し振り返り気味にまでなって読むほどの余裕をその車に与えた。その時車の梶棒の間から後ろ向きに箱に倚りかかっているらしい子供の脚を見たように思った。 彼がしか・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・脊の高い瘠男の、おなじ毛糸の赤襯衣を着込んだのが、緋の法衣らしい、坊主袖の、ぶわぶわするのを上に絡って、脛を赤色の巻きゲエトル。赤革の靴を穿き、あまつさえ、リボンでも飾った状に赤木綿の蔽を掛け、赤い切で、みしと包んだヘルメット帽を目深に被っ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・往復の船は舷灯の青色と赤色との位置で、往来が互に判るようにして漕いで居る。あかりをつけずに無法にやって来るものもないではない。俗にそれを「シンネコ」というが、実にシンネコでもって大きな船がニョッと横合から顔をつん出して来るやつには弱る、危険・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ 赤色体操 俺だちは朝六時半に起きる。これは四季によって少しずつ違う。起きて直ぐ、蒲団を片付け、毛布をたゝみ、歯を磨いて、顔を洗う。その頃に丁度「点検」が廻わってくる。一隊は三人で、先頭の看守がガチャン/\と扉を開け・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・がなんべんとなく少しずつちがった形式で繰り返されながら、あらゆる異種の要素がおのずから消化され同化され、無秩序の混乱から統整の固有文化が発育して来ると、たとえだれがどんなに骨を折ってみても、日本全体を赤色にしろ白色にしろただの一色に塗りつぶ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・松平氏は資本家で搾取者であったろうが、彼の闘志と赤色趣味とは今のプロレタリア運動にたずさわる人々と共通なものをもっていた。しかしまたピンヘッドやサンライズを駆逐して国産を宣伝した点では一種のファシストでもあったのである。彼もたしかに時代の新・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・一体に朱赤色や濃黄色といったような熱色の花には単調な色彩が多くて紫青色がかったものや紅でも紫がかったものにはこうした色のかがよいとでもいったものがあるらしい。柱作りに適するローヤル・スカーレットという薔薇がある。濃紅色の花を群生させるが、少・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ふたをあけて見ると腐ったような水の底に鉄釘の曲がったのや折れたのやそのほかいろいろの鉄くずがいっぱいはいっていて、それが、水酸化鉄であろうか、ふわふわした黄赤色の泥のようなものにおおわれていた。水面をすかして見ると青白い真珠色の皮膜を張って・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・はこれまでの風景に比べて黄赤色が減じて白と黒とに分化している事に気がつく。これは白日の感じを出しているものと思われる。果物やばらのバックは新しいと思う。「初夏」の人物は昨年のより柔らかみが付け加わっている。私は「苺」の静物の平淡な味を好む。・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・ 弛緩の極限を表象するような大きな欠伸をしたときに車が急に止まって前面の空中の黄色いシグナルがパッと赤色に変った。これも赤のあとには青が出、青のあとにはまた赤が出るのである。 これを書き終った日の夕刊第一頁に「紛糾せる予算問題。・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫