・・・こいつは一つ赤飯の代りに、氷あずきでも配る事にするか。」 賢造の冗談をきっかけに、慎太郎は膝をついたまま、そっと母の側を引き下ろうとした。すると母は彼の顔へ、突然不審そうな眼をやりながら、「演説? どこに今夜演説があるの?」と云った・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 真中の卓子を囲んで、入乱れつつ椅子に掛けて、背嚢も解かず、銃を引つけたまま、大皿に装った、握飯、赤飯、煮染をてんでんに取っています。 頭を振り、足ぶみをするのなぞ見えますけれども、声は籠って聞えません。 ――わあ―― と罵・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・それから、……これは、お赤飯です。それから、……これは、卵です。」 つぎつぎと、ハトロン紙の包が私の膝の上に積み重ねられました。私は何も言えず、ただぼんやり、窓の外を眺めていました。夕焼けに映えて森が真赤に燃えていました。汽車がとまって・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 五、六歳の頃好きな赤飯を喰い過ぎて腹をこわした結果「脳膜のうまくきんしょう」という病気になって一時は生命を気遣われたが、この岡村先生のおかげで治ったそうである。たぶん今云う疫痢であったろうと思われる。死ぬか、馬鹿になるか、と思われたそ・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・沈丁花の、お赤飯のような蕾を見ても同じ、彼女の暖み、気息を感じる。個々の存在に即し、しっかりと地に繋がり、自分も我身体の重み、熱、希望を感じて、始めて、春は私共の生活に入って来るように思う。春の麗らかな日、眼を放てば、私共は先ず、一々に異う・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
出典:青空文庫