・・・五月雨の大井越えたるかしこさよ五月雨や大河を前に家二軒五月雨の堀たのもしき砦かな 夕立の句は芭蕉になし。蕪村にも二、三句あるのみなれども、雄壮当るべからざるの勢いあり。夕立や門脇殿の人だまり夕立や草葉をつ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 四人の、けらを着た百姓たちが、山刀や三本鍬や唐鍬や、すべて山と野原の武器を堅くからだにしばりつけて、東の稜ばった燧石の山を越えて、のっしのっしと、この森にかこまれた小さな野原にやって来ました。よくみるとみんな大きな刀もさしていたのです・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ プラットフォームをすっかりはずれて、妙な門を入って、どろんこをとび越えたところに、黒山の人だかりがある。のぼせて商売をしている女売子のキラキラした眼が、小舎の暗い屋根、群集の真黒い頭の波の間に輝やいている。樺の木箱、蝋石細工、指環、頸・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・信濃国では、上諏訪から和田峠を越えて、上田の善光寺に参った。越後国では、高田を三日、今町を二日、柏崎、長岡を一日、三条、新潟を四日で廻った。そこから加賀街道に転じて、越中国に入って、富山に三日いた。この辺は凶年の影響を蒙ることが甚しくて、一・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・深山に俗塵を離れて燎乱と咲く桜花が一片散り二片散り清けき谷の流れに浮かびて山をめぐり野を越え茫々たる平野に拡がる。深山桜は初めてありがたい。人の世を超越して宇宙の神秘を直覚したる心霊は衆を化し群を悟らす時初めて完全である。吾人の心は安逸を貪・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫