・・・ 蛞蝓は一足下りながら、そう云った。「一体何だってんだ、お前たちは。第一何が何だかさっぱり話が分らねえじゃねえか、人に話をもちかける時にゃ、相手が返事の出来るような物の言い方をするもんだ。喧嘩なら喧嘩、泥坊なら泥坊とな」「そりゃ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・彼の通る足下では木曾川の水が白く泡を噛んで、吠えていた。「チェッ! やり切れねえなあ、嬶は又腹を膨らかしやがったし、……」彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産れる子供のことや、滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると、全くがっか・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・と、頓興な声を上げたので、一同その方を見返ると、吉里が足元も定まらないまで酔ッて入ッて来た。 吉里は髪を櫛巻きにし、お熊の半天を被ッて、赤味走ッたがす糸織に繻子の半襟を掛けた綿入れに、緋の唐縮緬の新らしからぬ長襦袢を重ね、山の入ッた紺博・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・見下せば千仭の絶壁鳥の音も聞こえず、足下に連なる山また山南濃州に向て走る、とでもいいそうなこの壮快な景色の中を、馬一匹ヒョクリヒョクリと歩んでいる、余は馬上にあって口を紫にしているなどは、実に愉快でたまらなかった。茱萸はとうとう尽きてしまっ・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・There's nae room at my side, Margret,My coffin is made so meet.” 其意は、女の方が、私はお前の所へ行き度いが、お前の枕元か足元か、又は傍らの方に、私がはいこむ程の・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 霧の立ちこめた中に只一人立って、足元にのびて居る自分の影を見つめ耳敏く木の葉に霧のふれる響と落葉する声を聞いて居ると自と心が澄んで或る無限のさかえに引き入れられる。 口に表わされない心の喜びを感じる。 彼の水の様な家々の屋根に・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・ 早りっ気で思い立つと足元から火の燃えだした様にせかせか仕だす癖が有るので始めの一週間ばかりはもうすっかりそれに気を奪われて居た。 土の少なくなったのに手を泥まびれにして畑の土を足したり枯葉をむしったりした。 けれ共今はもうあき・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・ 花壇の処まで帰った頃に、牝鶏が一羽けたたましい鳴声をして足元に駈けて来た。それと一しょに妙な声が聞えた。まるで聒々児の鳴くようにやかましい女の声である。石田が声の方角を見ると、花壇の向うの畠を為切った、南隣の生垣の上から顔を出している・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 一同が立ち上がる時、小川の足元は大ぶ怪しかった。 主人が小川に言った。「さっきの話は旧暦の除夜だったと君は云ったから、丁度今日が七回忌だ。」 小川は黙って主人の顔を見た。そして女中の跡に附いて、平山と並んで梯子を登った。 ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・灸はそのままころりと横になると女の子の足元の方へ転がった。 女の子は笑いながら手紙を書いている母親の肩を引っ張って、「アッ、アッ。」といった。 婦人は灸の方をちょっと見ると、「まア、兄さんは面白いことをなさるわね。」といって・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫