・・・秩父から足柄箱根の山山、富士の高峯も見える。東京の上野の森だと云うのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立って居る茄子畑を正面に照り返して居る。あたり一体にシンとしてまた如何にもハッキリと・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・大江山の鬼が食べたいと仰しゃる方があるなら、大江山の鬼を酢味噌にして差し上げます。足柄山の熊がお入用だとあれば、直ぐここで足柄山の熊をお椀にして差し上げます……」 すると見物の一人が、大きな声でこう叫りました。「そんなら爺い、梨の実・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・箱根足柄の上を包むと見えし雲は黄金色にそまりぬ。小坪の浦に帰る漁船の、風落ちて陸近ければにや、帆を下ろし漕ぎゆくもあり。 がらす砕け失せし鏡の、額縁めきたるを拾いて、これを焼くは惜しき心地すという児の丸顔、色黒けれど愛らし。されどそはか・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・さきの日国府津にて宿を拒まれようやくにして捜し当てたる町外れの宿に二階の絃歌を騒がしがりし夕、夕陽の中に富士足柄を望みし折の嬉しさなど思い出してはあの家こそなど見廻すうちにこゝも後になり、大磯にてはまた乗客増す。海水浴がえりの女の群の一様に・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 鶯の声も既に老い、そろそろ桜がさきかけるころ、わたくしはやっと病褥を出たが、医者から転地療養の勧告を受け、学年試験もそのまま打捨て、父につれられて小田原の町はずれにあった足柄病院へ行く事になった。(東京で治療を受けていた医者は神田神保・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
門柱の左には麻田駒之助と標札が出ていて、門内右手の粗末な木造洋館がその時分中央公論社の編輯局になっていた。受付で待っていると、びっくりするばかりの赭ら顔に髪の毛をもしゃとし、眼付が足柄山の金時のような感じを与える男の人が、・・・ 宮本百合子 「その頃」
神奈川県足柄郡下足柄村十三部落 演習中の野宿反対 人家に迷惑をかけず宿やにとめろ 宿舎のない演習なんかやめたがいいんだ。○江東地区の一人、暗闇夜、自転車をとばして地区のデンタンを電車・乗合自動車のうしろ・・・ 宮本百合子 「大衆闘争についてのノート」
出典:青空文庫