・・・花やかな娘の笑声が、夜の底に響いて、また、くるりと廻って、手が流れて、褄が飜る。足腰が、水馬の刎ねるように、ツイツイツイと刎ねるように坂くだりに行く。……いや、それがまた早い。娘の帯の、銀の露の秋草に、円髷の帯の、浅葱に染めた色絵の蛍が、飛・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「御覧なさい――不義の子の罰で、五つになっても足腰が立ちません。」「うむ、起て。……お起ち、私が起たせる。」 と、かッきと、腕にその泣く子を取って、一樹が腰を引立てたのを、添抱きに胸へ抱いた。「この豆府娘。」 と嘲りなが・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と抱込んだ木魚を、もく、もくと敲きながら、足腰の頑丈づくりがひょこひょこと前へ立った。この爺さん、どうかしている。 が、導かれて、御廚子の前へ進んでからは――そういう小県が、かえって、どうかしないではいられなくなったのである。・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 省作は足腰の疲れも、すっかり忘れてしまい、活気を全身にたたえて、皆の働いてる表へ出て来た。 二「省作お前は鎌をとぐんだ。朝前のうちに四挺だけといでしまっておかねじゃなんねい。さっきあんなに呼ばったに、どこにいた・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ と、変に凄んだ声でおれに言い言いし、働きすぎて腰が抜けそうにだるいと言う婆さんの足腰を湯殿の中で揉んでやったり、晩食には酒の一本も振舞ってやったりして鄭重に扱っていたが、湯崎へ来てから丁度五日目、「――ほんまに腰が抜けてしもた」・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
上 秋は小春のころ、石井という老人が日比谷公園のベンチに腰をおろして休んでいる。老人とは言うものの、やっと六十歳で足腰も達者、至って壮健のほうである。 日はやや西に傾いて赤とんぼの羽がきらきらと光り・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・そこでおらあ、今はもうがないでも食って行かれるだけのことは有るが、まだ仕合に足腰も達者だから、五十と声がかかっちゃあ身体は太義だが、こうしていで山林方を働いている、これも皆少でも延ばしておいて、源三めに与って喜ばせようと思うからさ。どれどれ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・私に肝要なものは、余生を保障するような金よりも強い足腰の骨であった。 大きくなった子供らと一緒に働くことの新しいよろこび、その考えはどうにか男親の手一つで四人のちいさなものを育てて来た私にふさわしく思われた。私は自分の身につけるよりも、・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・「どんなもんだべ、俺、まだ足腰の立つうち柳田村さやるのがいいと思うが、あっちにゃ何でも姪とかが一戸構えてる話でねえか。――万一の時、俺一人で世話はやき切れねえからなあ」「そうともよ、皆さ計って見べ」 清助は、大力な、髭むじゃな、・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・このことをつきつめたら喰わせずにおいて足腰たたなくさせれば逃げられない、という事になるでしょう。あまり物事を簡単に考えすぎるやり方だと思います。〔一九四八年四月〕 宮本百合子 「これでは囚人扱い」
出典:青空文庫