・・・佐吉さんの店先に集って来る若者達も、それぞれお祭の役員であって、様々の計画を、はしゃいで相談し合って居ました。踊り屋台、手古舞、山車、花火、三島の花火は昔から伝統のあるものらしく、水花火というものもあって、それは大社の池の真中で仕掛花火を行・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・やっぱり西洋の踊りのように軽快で陽気で、日本の糸車のような俳諧はどこにもない。また、シューベルトの歌曲「糸車のグレーチヘン」は六拍子であって、その伴奏のあの特徴ある六連音の波のうねりが糸車の回転を象徴しているようである。これだけから見ても西・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・たけれど、お客にお上手なんか言えない質であることは同じで、もう母親のように大様に構えていたのでは、滅亡するよりほかはないので、いろいろ苦労した果てに細かいことも考えるようになってはいたが、気立ては昔し踊り子であったころと少しも変わらなかった・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・やがて朱塗の団扇の柄にて、乱れかかる頬の黒髪をうるさしとばかり払えば、柄の先につけたる紫のふさが波を打って、緑り濃き香油の薫りの中に躍り入る。「我に贈れ」と髯なき人が、すぐ言い添えてまたからからと笑う。女の頬には乳色の底から捕えがたき笑・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・若人はたすきりりしくあやどりて踊り屋台を引けば上にはまだうら若き里のおとめの舞いつ踊りつ扇などひらめかす手の黒きは日頃田草を取り稲を刈るわざの名残にやといとおしく覚ゆ。 刈稲もふじも一つに日暮れけり 韮山をかなたとばかり晩靄の間・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・(踊りはねるも三十がしまいって、さ。あんまりじさまの浮むっとしたような慓悍な三十台の男の声がした。そしてしばらくしんとした。(雀百まで踊り忘さっきの女らしい細い声が取りなした。(女またその慓悍な声が刺すように云った。そしてまたし・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・が浮いた抜毛のかたまりが古新聞の上にころがって、時々吹く風に一二本の毛が上の方へ踊り上ったり靡いたりして居る様子はこの上なくわびしい。 此頃は只クルクルとまるめて真黒なピンでとめて居るばかりだ。 結ったって仕様のない様な気がする。・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・江戸風の化粧をして、江戸詞をつかって、母に踊りをしこまれている。これはもらおうとしたところで来そうにもなく、また好ましくもない。形が地味で、心の気高い、本も少しは読むという娘はないかと思ってみても、あいにくそういう向きの女子は一人もない。ど・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・が、曽て敵の面前で踊った彼の寛大なあのひと踊りの姿は、一体彼の心の何処へ封じ込まねばならないのか? 彼は次第に不機嫌になって来た。「厄介者が行ってくれたんで、晴々するわ。あんな者にいられると、こちまで病気つくがな。」 お霜は安次の立・・・ 横光利一 「南北」
・・・そして他の若者たちは躍り掛かって、肩をあてて一気に舟を引き上げる。こうして次から次へと数十艘の舟が陸へ上げられるのである。陸上の人数はますます殖える。舟はますますおもしろそうに上がって来る。老人と子供と女房たちは綱に捕まって快活に跳ねている・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫