・・・同じ乃公の塾に居た者でも高山や長谷川は学士だ、それにさえ乃公は娘を与んのだぞ。身の程を知れ! 馬鹿者!」 校長の顔は見る見る紅をさして来た。その握りしめた拳の上に熱涙がはらはらと落ちた。侯爵伯爵を罵る口から能くもそんな言葉が出る、矢張人・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・私は、けさの簡単なお葉書のお言葉に依って、私の身の程を、はっきり知らされたのです。かえって有難く思って居ります。こうして書いているうちにも、だんだんはっきり判って来ます。つまり、けさ私がお葉書をいただいて、その葉書の処置に窮して、うろうろし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・はっきりと、身の程を知らなければならぬ。私はその日、鴎外の端然たる黒い墓碑をちらと横目で見ただけで、あわてて帰宅したのである。家へ帰ると、一通の手紙が私を待受けていた。黄村先生からのお便りである。ああ、ここに先駆者がいた。私たちの、光栄ある・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・この愚かな身の程をわきまえぬ一篇の偶感録もこのくらいにして差控えるべきであろう。 ある日の午前に日比谷近く帝国ホテルの窓下を通った物売りの呼び声が、丁度偶然そのときそこに泊り合わせていた楽聖クライスラーの作曲のテーマになったという話があ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ 今の風潮は、天下の学生を駆りてこれを政治に入らしむるものなるを、世の論者は、往々その原因を求めずして、ただ現在の事相に驚き、今の少年は不遜なり軽躁なり、漫に政治を談じて身の程を知らざる者なりとて、これを咎る者あれども、かりにその所言に・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 兎と亀のかけくらで、兎が油断して昼寝したり、亀が身の程を知って、ノタノタ一生懸命に歩きつづけるということは、この世の中に確にある行為だ。けれども、何年、何の時代に、どういう情勢のもとに起ったことだという意味での具体性のないのが、アレゴ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・たとえば人間の道理の一例として、彼は、「身持が身の程を超えれば天罰を蒙る」という命題をかかげる。これはギリシア人などが極力驕慢を警戒したのと同じ考えで、ギリシアにおいても神々の罰が覿面に下ったのである。しかし彼はそのあとへ、「位よりも卑下す・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫