・・・ そこで阿母さんも不思議に思って、娘が気に入らないのか、それとも外に先約でもあるのかと段々訊いてみるてえと、身分が釣合ねえから貰わねえ。高が少尉の月給で女房を食わして行けようがねえ。とまあ恁云う返答だ。うん、然うだったか。それなら何も心・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・どうせ身分がちごうけん、考えもちがいましょうたい」 高わらいしながら、そのくせポロポロ涙をこぼしている小野をみると、学生たちも黙ってしまう。それで、そのつぎにくる瞬間をおそれて三吉が、小野の腕をささえてたちあがると、「なにをいうか、・・・ 徳永直 「白い道」
・・・三人はいかなる身分と素性と性格を有する? それも分らぬ。三人の言語動作を通じて一貫した事件が発展せぬ? 人生を書いたので小説をかいたのでないから仕方がない。なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・元来仕えるとは、君臣主従など言う上下の身分を殊にして、下等の者が上等の者に接する場合に用うる文字なり。左れば妻が夫に仕えるとあれば、其夫妻の関係は君臣主従に等しく、妻も亦是れ一種色替りの下女なりとの意味を丸出にしたるものゝ如し。我輩の断じて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・こんな奴にはきっと福は来ないよ。身分不相応な大熊手を買うて見た処で、いざ鎌倉という時に宝船の中から鼠の糞は落ちようと金が湧いて出る気遣はなしさ、まさか大仏の簪にもならぬものを屑屋だって心よくは買うまい。…………やがて次の熊手が来た。今度は二・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・わたくしは畜生同然の身分でございますが、私のようなものにさえまことの力はこのようにおおきくはたらきます」「ではそのまことの力とはどんなものかおれのまえで話してみよ」「陛下よ。私は私を買って下さるお方には、おなじくつかえます。武士族の・・・ 宮沢賢治 「手紙 二」
・・・私は貴方さまにそんなにしていただくほど身分の高いものではございませんですから……第一の精霊 云うでござる、身分の高いものではございませんですから―― 良う御ききなされ美くしいシリンクス殿。 年老いた私共は、その若人のするほどにも・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ 五助は身分の軽いものではあるが、のちに殉死者の遺族の受けたほどの手当は、あとに残った後家が受けた。男子一人は小さいとき出家していたからである。後家は五人扶持をもらい、新たに家屋敷をもらって、忠利の三十三回忌のときまで存命していた。五助・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 近処のものは、折ふし怪しからぬお噂をする事があって、冬の夜、炉の周囲をとりまいては、不断こわがってる殿様が聞咎めでもなさるかのように、つむりを集めて潜々声に、御身分違の奥様をお迎えなさったという話を、殿様のお家柄にあるまじき瑕瑾のよう・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・我れ、汝、彼というのも第一、第二、第三のペルソナであり、地位、身分、資格等もそれぞれ社会におけるペルソナである。そこでこの用法が神にまで押しひろめられて、父と子と聖霊が神の三つのペルソナだと言われる。しかるに人は社会においておのおの彼自身の・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫