・・・自分はそのこまかく折目のついた新聞を手にとり、同志川口浩、徳永、橋本、貴司などが引致されたというところを繰かえして読み、これらの人々の闘争を、身近に感じるのであった。 大会が持たれたという事は、しかし何とも云えぬ鼓舞であった。自分が書く・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・うちのことで精いっぱいだからこそ、その気をちょっと持ち変えて、一歩ふみ出し、気をひきたてて、何か一つ身近な改善にとりかかり、主婦のはりつめた心に、希望の窓をきりひらく年だと思います。〔一九四八年一月〕・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・今日の若い婦人が生活の現実を観ている心は、そのような条件をも無視するような男のひとだの、愛だのが、やすやすと身近に在ろうとは予想もしていないであろう。 男のひとの戸主であることには、結婚についてもそういう苦しみは少ないのだと思う。長男で・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・ 私たちの身近に今行われていることから実例をとって考える。昨今の工場では労務課がいろいろ苦心して講習会をやるが、その一つで詩吟の会だの剣舞の会だのというのがある。この間或る婦人雑誌で、百貨店の婦人店員たちが仕舞の稽古をしている写真も見た・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・その夏、品川の伯父さんは、子供らにとってごく身近で、大磯のどこかにも来ていられるのかもしれないような塩梅だった。それでも、お目にかかったことは一遍もなかった。 中條の子供は、どういう工合でだったか一人も、西村の伯父上にお目にかかったもの・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・その小悪魔の嗅覚が、ごくの身近に、やはり目さめている性の異なった同類をかぎつけて、しかも親睦をむすぶすべもない条件を、そんな野蛮さで反撥したのであったろうと思う。 兄弟、姉妹の間にあるそういう微妙で苦しいものも、親たちにとっては一律に子・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・極く身近な例として、私たちは人情として誰しも自分の生活の誤謬のないことを希い、そのために努力していると思うが、主観的なそういう人情や意企に拘らず、現実社会の厳然とした諸関係との連関で、その希望、努力、よい意図が自分として期待しない結果を生じ・・・ 宮本百合子 「パァル・バックの作風その他」
・・・ただ彼に揺すられながら、恐るべき占から逃がれた蛮人のような、大きな哄笑を身近に感じただけである。「陛下、いかがなさいました」 彼は語尾の言葉のままに口を開けて、暫くナポレオンの顔を眺めていた。ナポレオンの唇は、間もなくサン・クルウの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
蓮の花は日本人に最も親しい花の一つで、その大きい花びらの美しい彎曲線や、ほのぼのとした清らかな色や、その葉のすがすがしい匂いや肌ざわりなどを、きわめて身近に感じなかった人は、われわれの間にはまずなかろうと思う。文化の上から言っても蓮華・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
私が漱石と直接に接触したのは、漱石晩年の満三個年の間だけである。しかしそのおかげで私は今でも生きた漱石を身近に感じることができる。漱石はその遺した全著作よりも大きい人物であった。その人物にいくらかでも触れ得たことを私は今でも幸福に感じ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫